DAY
私の日々の下らない日常。
最近はマンガばなし。


*web拍手*

2005年07月30日(土) 小説版「がんばっていきまっしょい」に寄せて。

「僕の目は見えない」


テンマ・カケルは関野にとって、頼りになると言うよりも都合の良い友達だった。
妥当な成績で進学校の松山東高校に進学しただけあって、関野は特に勉強が嫌いではない。しかしだからと言って殊更に好きなわけでもなく、抜きん出ているわけでもなかった。授業よりもボートやテニスや、女の子のことを考えている方がよっぽど面白い。
そんなある意味標準的な高校男子である自分とは違い、テンマ・カケルこと中田三郎は随分とストイックな男だと関野は思っていた。
テンマ・カケルは177センチの長身で、ラグビー部と学年トップラクスの成績を維持する文武両道を地で行く男だ。神戸出身らしく周りに比べて垢抜けているが、嫌味なところはなく、男子は多少のやっかみはあるにしても、彼を仲間として受け入れている。女の子にはモテるが、彼女はいないらしい。神戸に住んでいた中学時代には彼女がいたと、女子軍団の迫力に押されて告白していたのは聞いた。

そんなイイ奴なテンマ・カケルは関野にとっても至極イイ奴だった。関野があの授業で気を抜いてしまったと言えば自分の数倍整理されたノートを惜し気もなく貸してくれる。宿題で分からない問題があると愚痴れば、根気良く丁寧に教えてくれた。
休み時間に、窓側の一番後ろを陣取ってシャーペンを握る関野の視線の先を、テンマ・カケルのラグビー部のくせに細い指が滑る。解法を説明する彼の声は穏やかで、いちいち頷く自分の様子に微笑んでさえいるのが関野には不思議だった。
「お前、教師になったらええんちゃうか。東大行ってまでとは思うけど、向いてるで」
「僕が東大行くのは決定事項なのかよ」
「お前が東大受けるのやめるなんて言いよったら、職員室が大騒ぎや。ご老体を労らな」
関野の言葉にテンマ・カケルは肩を震わせて笑った。取っ掛かりが掴めたところで関野は集中していくつかの問題を解いた。その数十分の間テンマ・カケルは関野のノートと、俯いた彼の顔や日に透ける赤い髪を見つめて過ごし、関野がシャーペンを投げ出した途端に彼の答えをチェックし出す。
「ここ、こっちのxから解いた方が速い」
言いながら別解を走り書きする。小さくなるほど、と呟いて関野は後で見ても分かるように教科書に書き込みをした。貴重な昼休みをまるまる潰させても、テンマ・カケルは愚痴ひとつ言わない。
「サンキュな」と関野が笑うと、彼は「また言えや」と涼しい、けれどどこか嬉し気な顔をして答える。そんな彼の反応に、関野はますます教師に向いていると思う。教えることを楽しめる彼は、きっと良い教師になるだろう。
そう告げると、テンマ・カケルはほんの少しだけ頬を歪めて笑った。

定期テストの前になると、そんな個人指導の時間は長くなり、そうすると段々と関野も遠慮がなくなって、気軽にテンマ・カケルにノートを頼むことが多くなった。忘れ物を借りにいっても、彼はなんの躊躇もなく渡してくれる。彼から借りる教科書や参考書には非常に参考になる書き込みが多く、関野はたくさんいる他の友人よりも、まず最初に彼に声を掛けるようになった。
一度そのノリで古文の参考書を借りに行った時、いつものようにテンマ・カケルはすっとそれを手渡してくれた。そのまま昨日のテレビ番組のことなどを少し喋り、チャイムが鳴る寸前で関野は軽く礼を行って自分の教室に戻った。
後から、テンマ・カケルと同じクラスの友人に、彼がその日珍しく忘れ物をして教師に注意されていたと聞いた。それは古文の授業だった。担当教師が違うため、同じ時間に古文の授業があったらしい。関野はそれを知らなかった。
自分に本当は必要な参考書を貸してしまったせいだと知って、関野は廊下で顔を合わせた瞬間テンマ・カケルに頭を下げた。そんな関野にテンマ・カケルは気にするなといつものように笑う。本当に何でも無さそうにする彼に改めて罪悪感を抱き、八つ当たり半分で関野は口を尖らせた。
「ちゅーか、次古文ならそう言えや。そしたら俺だって、他のクラスの奴に借りたんに」
テンマ・カケルは関野の言葉に一瞬だけ顔を強張らせた。その表情に一瞬びくりとした関野に気づいたのかどうか、彼はすぐにいつもの顔に戻って「次が何の授業か忘れてただけだし。本当に、気にするな」と言った。関野がぎこちなく微笑んで頷くと、彼は子供のような笑顔を見せた。
「関野、また髪赤くなったな」
「海焼けや。どーにもならん。ええやろ、地毛やから先生も何も言わんし。カッコええやろ?」
努めて軽く言うと、テンマ・カケルは「そうだな」とまた笑った。

そんなことが重なるうち、関野は自分がテンマ・カケルのことをどこか便利屋のように扱っているのではないかと思うようになった。仲の良い友達で、しかも片方が世話焼きのタイプならば別に良い。確かに学校にいる時、関野はテンマ・カケルとつるむことが多かったが、そのくせ休みの日に一緒に遊んだことはなかった。テンマ・カケルの家に行ったこともなければ、自分の家に呼んだこともない。
どうにも歪んだ関係のように思えた。自分ばかりが良い目を見ている。テンマ・カケルに与えられてばかりだ。
根が素直で体育会系な思考の持ち主の関野は、そういう部分を解消したいと思うようになった。
テンマ・カケルはいくらでも自分に優しくなるので、関野は甘えてしまう。その後で関野を襲うのは、言い難い居心地の悪さと罪悪感だった。だからと言って、他の友人のように気軽にテンマ・カケルを誘うのはどうしてか出来なかった。それなので、さり気なさを装って仲間と数人で放課後にのどか食堂に行ったりしてみた。その回数が重なり、放課後にふたりで寄り道をすることには慣れた。
そうするうち、テンマ・カケルと「他の友人と同じように」休日にふたりで遊びに出かけることを、いつしか関野は必ず果さねばならない義務のように感じ始めていた。


夏休みも近くなったある日、関野とテンマ・カケルは風通しの良い廊下の隅に腰を下ろしていた。短い昼休みはもうすぐ終わる。関野は情報誌を眺め、テンマ・カケルは目を閉じて壁にもたれ掛かっていた。
ぱらりとページを捲ると、ある映画の特集記事が載っていた。そう言えば何日か前、この映画の特集を何かのテレビ番組でやっていて、面白そうだと思ったのを関野は思い出した。記事に目を通すと、松山の映画館でも上映されるらしい。公開開始は次の土曜日だった。
「なあ、」
「ん?」
眠っているのかとも思ったが、いつものようにテンマ・カケルはすぐに返事を返して来た。
「この映画、俺見たかってん。観に行かんか」
何故か勢い良くこちらを振り向いたテンマ・カケルの表情を見るのが恐ろしく、関野はわざと雑誌に視線を集中させて言葉を続けた。
「今度の日曜。ヒマか?一緒に観に行こうや」
「…あ、」
想像以上に頼りない声色に関野が驚いて顔を上げると、日焼けしているにも関わらずテンマ・カケルの顔が真っ赤になっているのが分かった。口元を覆う手が意外と大きくて、関野はどこかそれを嫌だと感じた。

数秒の沈黙の後、テンマ・カケルは俯いた。いつも背筋を伸ばし、朗々とした彼に似つかわしくない仕草だった。やめろ、と叫びそうになるのを関野は手にした雑誌を握りしめることで耐えた。
「日曜は…部活あるから。ごめん」
「…そう」
関野が小さく答えた時、タイミング良く昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。テンマ・カケルはすっと立ち上がり、未だ座り込んだままの関野を見下ろす。その顔は、いつもの「テンマ・カケル」だった。
「じゃあな」
「…おん」
彼の広い背中が去って行くのを見ながら、関野は針金で心臓を突き刺されるように痛みを覚えた。どんなに願っても、自分ではどうしようもないことがあるのだと、関野はとっくに知っていたはずの事実を改めて突き付けられた気がした。
別のラグビー部員からラグビー部は土曜日に試合があって、その代わりに日曜日が休みになることを聞いていた。関野には、テンマ・カケル以外にもラグビー部に所属する友人がいる。

彼がいつものように「気にするな」とも、「また言え」とも言わなかった理由に、関野が朧げに気づいてしまいそうになったその瞬間、誰かが彼の背中を強く叩いた。
「関野、授業遅れるで」
写真部の田宮だった。片手にはカメラを持っている。はっと我に返って、関野は慌てて立ち上がり、教室に向かって走り出した。


それきり、関野が中田三郎を休みの日に誘うことは二度となかった。

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原作の「がんばっていきまっしょい」は関野ブー→悦ネエ→中田三郎(テンマ・カケル)→関野ブーだとは聞いていたのですが、正直ネタだろうと思ってた。
読んでみて撃沈。切な過ぎる…!韓流も真っ青な純愛だよ。うっかり泣きそうになりました。これ、ドラマじゃやらないんだろうな。むしろやらないで欲しい。あの妙なナンパ師に突如変貌した中田三郎にこんなのは似合わない…!…ちょっと気持ち悪いよね…。慣れるんだろうか。必要以上に集中して中田三郎を見てしまうからだろうか。

しかし原作は暗いと言うか、青春時代の話のわりに溌溂さがないな。これはこれで良いと思ったけど。悦ネエとブーのエピソードは原作の方がリアルな感じだ。
別れのシーンが切ない。進路は同じ東京だけど、彼らの淡い恋はあのぎこちない握手で一度終わったんだろうな。10年近く経って、何かの機会に再会して、その時本当の恋が生まれたりしたらいいなあと思う。
原作は中田三郎というよりもテンマ・カケル(ニックネーム)だなあ。別人。この彼は、東大に行って関野ブーの面影を探したりなんかしつつ、いつか彼の唯一の人に出会って幸せになってくれたらなと思う。
彼らの実際の友好関係がどの程度だったのかは分からないけど。結構仲良かったんだろうとは思うけど…。見えない境界線をテンマ・カケルは引いていただろうし。大学に行っても、少しは付き合い続いたりするのかなあ。
テンマ・カケルも広い世界を見れば、ゲイというマイノリティは罪ではないと気づくだろう。それでも、関野ブーとテンマ・カケルはどーにもならんだろ。関野ブーがテンマ・カケルの気持ちに応えられるとは思えないし、想いを告げてもお互い傷つくだけだと分かっていたからこそテンマ・カケルも何も言えなかったんだろうと思う。

伊予弁は捏造です。完全な標準語圏に生まれ育った人間にとっては、標準語でないものはすべて関西弁に聞こえると言う不条理さ。すいません(土下座)
ドラマ設定でリー→ブーを書きたい。ネタはあるので、タイミング伺ってます。


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黒沢マキ [MAIL] [HOMEPAGE]