DAY
私の日々の下らない日常。
最近はマンガばなし。


*web拍手*

2004年06月14日(月) 日常のドラマ

今日大学で、ショッキングな(この表現どうだろう)ことがあった。
最初は過呼吸なのかな、と思ったんだけど。なんだか違うみたいで。本当に聞いてる方が苦しくなるような声で「どうしよう、どうしよう」って鞄の中をかき回してる。誰も見えてないみたい。ここが何処だかも分かってないみたい。
正直本気なのか分からなかった。どっかで、この人は演技の練習してるんじゃないかって考えてる自分が居た。テレビドラマや映画の中で幾度も観て来た、正気を失った人間が私のすぐ前に居た。本当にファイルを逆さまにして中身を散らかして、失くしたらしいプリントを必死に探してた。ひゅーひゅーと咽を切るような音がして、その合間に「どうしよう」って言う。彼女、必死だった。
周りは時間が止まったみたいで。どうしたらいいのか皆わかんなかった。何百人も人が居たのに、誰ひとり何をすればいいのか分からなかった。すぐ側に座ってた数人が彼女と一緒にプリントを探そうとしたけど、結局は出来なかったみたい。私もそう。なーんにも出来なかった。ただ座ってるだけ。彼女を見続けることも出来なかった。だって本当にどうしたらいいのか分からなかった。声をかければいいのか、触れればいいのか、それとも無理矢理肩を揺すればいいのか。何をすればいいのかわかんなかったから、結局何も出来なかった。
そしてそれは言い訳で、本当は私怖かった。初めてみる、自分を失った人間が怖かった。そういう存在に対して何の知識もない自分も怖かったし、不用意に何かして事態を悪化させるのが一番怖かった。そんなことをしてしまう自分が絶対嫌だった。
結局彼女は授業が始まってからもそんな感じで、先生は2列目に座ってた彼女にすぐに気が付いて声をかけた。彼女は同じ調子で、そして今度はこんなことを言った。

「私、頭おかしいんです。」

それを聞いた時の気持ち。なんて悲しいことを言うんだろうと思った。こんな悲しい言葉があるんだって思った。そう考える自分が何だか高みにいるような勘違いをしてるようにも思ってそれも怖かった。でも、一番怖かったのは彼女自身なのだ。未知のものの登場に怯えていた何百人の心を足したよりもきっと彼女が一番痛くて怯えていた。だってあんな声、聞いたことない。
先生はそう言った彼女の頭をただ撫でていた。
その後彼女は断続的に苦し気な状態になっていたけど、少しずつ落ち着いて行った。先生は彼女を気にかけながらも授業をした。教室に居た全員が、彼女のことを頭の中心に据えたまま授業を聞いた。
私は怖かった。多分、パニック症候群というものだったんじゃないかなと思うんだけど。でもそうじゃないかも知れない。とにかく、完全に私のテリトリー外にあるものだった。だからきっと何も理解出来ないし、関わりたくないと思っている自分を絶対に否定出来ない。
ただ私は、頭がおかしいなんて自分で言っちゃ絶対にいけない言葉だと思った。そして、そう思える自分に安心してる自分に鬱になった。

それから授業を終えて家に帰る途中、本屋さんに寄った。ぼーっと映画雑誌を眺めてたら、隣から紙を裂く音がして。不審に思って見たら、高校生の女の子がアニメ雑誌のページを少しずつ破ってた。見るからにオタク系。気分が悪くなって、私は彼女の肩をちょんちょんと叩いた。彼女は気まずそうな顔をした。
それからまだ彼女がずっとその雑誌を眺めているので、私は彼女が私がいなくなったらさっきのページを破り取ってしまうつもりなのかと考えた。だから、わざと彼女の視界から離れて、こんくらいかな、と思ったところでさっきの場所に戻った。彼女はいなくて、さっき彼女が見てた雑誌が棚に戻ってた。捲ってみると案の定だった。数ページが破り取られた跡があった。

本当にガキ。本当にバカ。愚かだ。なんて分かりやすいんだろう、コドモって。思った通りのコトしか出来ない。こうなって欲しくないと思ったコトしか出来ない。
私だってまだまだガキだし愚かだ。ただ、このオンナノコに比べたら圧倒的に大人だった。本当にバレたくないなら、雑誌を手に持って店内をうろうろして、その間に一気に破り取ってしまえばいいんだよ。決して小さい店じゃないし。私はそういうコトも分かってて、でも絶対にやらない。

ちらりと見ると、彼女はまだ店内に居た。私は彼女が手にかけた雑誌をレジに持って行って、お金を払った。それから彼女の元に行って、その手に店の袋に入った雑誌を押し付けて言った。「悪いこと言わないから、変なことしない方がいいよ」と。彼女の顔は見られなかった。私はすぐに外に出た。気分が悪かった。
本当は、きっと彼女がページを破り取る前にもう一回注意すれば良かった。それか、雑誌を渡す時ちゃんと外に連れ出して、店員に通報することもできること、そうすれば学校や家族を巻き込んだ事態になることをちゃんというべきだったのかも知れない。でもしなかった。私は意地が悪いんだ。他の選択肢があるんだって分かっててしなかった。
私は万引きって一度だってしたことない。これからだって絶対しない。小学校低学年の頃、親の財布からお金を盗んだことがあった。当然ばれて、怒られた。どんな風に、どれくらい怒られたのかは覚えてない。ただ私は元々それを悪いことだって知ってた。怯えてた。だからきっと、見つかって怒られて逆に安心したところもあったんだと思う。それから私は絶対に盗まない。
彼女がもしも自分がやっていたことが悪いことだって言う自覚があるんなら、今日を境にもう二度と繰り返さないだろう。そしていつかきっと、私のしたことに感謝するだろう。そしてその時同じことを他の誰かにするかも知れない。
私が彼女くらいの時、彷徨っていた私に手を差し伸べてくれる人はいなかった。道を強制しようとする人はいたけど、道を照らすだけのことをしてくれた人はいなかった。私は、今日私が彼女にしたようなことをきっと誰かにして欲しかったんだ。
私のモットーは、「情けは人のためならず」。私はいつだって誰かに優しくしてもらいたいから誰かに優しくする。誰かを蔑ろにしたら、絶対自分に何かの形で跳ね返って来る。確かにひたすらついてる人もついてない人も世の中にいるよ。だけど私がそのどっちかなんていつ分かるのさ。きっと死ぬその瞬間まで分からない。だから私は自分のために誰かになにかをするんだ。
私は今日、あの苦しんでいた女の子に何も出来なかった。それどころか恐怖さえ覚えた。私があの高校生にしたのは、ただの自己満足。自分勝手な罪滅ぼしのつもり。
あの高校生はもうあんなことをしないかも知れない。でもひょっとしたら、タダで丸ごと手に入ってラッキー、とかしか思わないかも知れない。高校生にしたら500円って安くないもんね。そしたら私は言ってやるさ。「あんたは頭がおかしい」って。判じるのはきっと他人だ。自分じゃない。
彼女の不安を取り去ってくれる人がいることを、そしてせめてあと5年後にあの高校生が自分はおかしかったって気付くことを、そうなればいいなあなんて思ってる自分がどう判じられるべきなのかは知りたくないと思う。


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黒沢マキ [MAIL] [HOMEPAGE]