| 2002年07月06日(土) |
作品執筆に対する姿勢 |
大学のとき「創作サークル」というところに所属してました。そこは漫画、詩、小説、イラスト等を描く人たちの集まりで、オリジナル同人誌を作ってました。とっても楽しかったし、勉強になりました。その頃自分は絵専門で、今みたいな「お話」は全然書いていませんでした。仲間の書く小説を読んで楽しんでいました。で、私にとって小説というと、結構な文章量がある物を指します。だから自分がHPに載せている「お話」は小説と言わないのです。あれは私にとっては短い文なのですな。ネットを始めたばかりの頃、ホイッスル!のHPを廻りまくって水有希SSを読みまくりました。で、こんな短い文でも有りなのか…と。たくさんのネット上のSSを読んで何となく自分なりに掴んだ文体で、自分もお話を書くようになりました。同人誌では絵、HPでは文(多いのが)。何だか変だなと自分では思うけれど、それぞれの媒体に合った(≒より都合のいい)表現方法ということで、使い分けて(?)います。文を書くこと自体結構好きです。小さい頃から作文は嫌いじゃないし、小学生の頃は本もよく読んでいました。今は完全に活字離れを起こしていますが(汗)。同人の原稿でも絵原稿だけじゃなく文章原稿も好きです。これは小説じゃなくて、テーマトークとか感想文とかです。人の文を読むのも好きです。うる星の同人誌って今の犬同人とは全然違っていて、同人誌の内容も文章物がすごい多くて、そういうのを嫌だと言うファン(主に女の子)をよく見ましたが、私は結構好きでしたね。作品やらキャラやらスタッフやらを分析したり勘ぐったり(汗)揶揄したりした文章を読むのは楽しかったです。
うる星の小説が読みたいわーと、時間があればネットで検索しているのですが、なかなか新しいのは見つかりません。結局自給自足でまかなってます。何ともラッキーなことに私は自分の作品はだいたい気に入ってしまえる素晴らしい性格なので(大笑)、他で見つからなければ自分のお話を読み返して1人妄想に浸れます。自分万歳(爆笑)。でも犬話は自分では書けないので、これは人様のHPで読みまくってます。殺りんをネv 犬は時代考証とかがよく分からなくて書けないのです。うる星は現代学園ものだから楽〜。しかし絵と同じように文章にも自分の好みの文体とゆーものがあるらしく、例え殺りん小説であっても読みづらい作品もよくあります。上手い下手でなく、合う合わないの問題です。それが少し前に、殺りん小説ですごく読みやすい作品を発見したのです。あまりの読みやすさに感情移入し、その感動的な展開に真剣に涙しました。タオルで拭いながら読みました。ネットの小説で泣けたのは今の所その1作品だけです。
自分の作品を気に入ってしまう…。珍しいことなのかなーと時々思うのです。昔から同人見てても自分の作品を卑下するコメントをよく目にしていて、ネットを始めてからもそれは同じな様で。私はせっかくの作品なんだから卑屈になることないと思っています。上手い下手を決める基準をどこに置くかだと思っています。…人様の作品と比べるから自分の作品を軽んじてしまうんじゃないでしょうか。何だか受験戦争のように他人と比べ、競争しているみたいに。受験は同じ条件の元競うものなので他人と比べて自分の成績を語るのは当然だと思います。でも趣味でやってる絵や小説で人と比べる必要はないよ。自分の他の作品と比べて上達したとか気に入ったとか。或いは手抜きだとか失敗したとか。私はそうやって自分の絵や文を見ているような気がします。うん、つまりはね、私自身はその人たちの作品を心から喜んで見ているのに「手抜きでごめんなさい」とか「下手ですみません」とか書いてあるとがっかりしちゃうのですよ。後者はともかく前者はかなり引きます。手抜きだと謝るくらいなら載せるのやめればいーのに…(ーー;)。例え本当に時間がなくて手抜きだとしても公表しないでくれよぅ。黙ってれば分からないんだよぅ。それが親切、思いやりってもんじゃないかぁ(T_T)
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