ジェフ市原、ベトナム陸軍に勝利 - ベトナム・インドネシア - 2004年08月07日(土) さてさて。アジアカップ2007は東南アジア4カ国という話で、 ホアンさんと俺は「やっべーなー、開催国弱っちいしなー」とか 冷や汗をかいているところであります(笑) そんな今からはるか40年前、東南アジアに飛んだ日本のチームが あるわけであります。 それが現ジェフ市原、当時の「古河電工サッカー部」であります。 とかエラソーに言ってますが、本日「古河電工サッカー部史」 という本がポストに入っていて、狂喜乱舞しているので、そこ からネタを引っ張ってきただけなんですが(笑) 実はこの本、古河電工サッカー部OBのための本です。 僕はちっとも古河電工とはまったく関係ないのでありますが、 西田書店という出版社が、普通の人にも販売してくれるという ことで、注文したのであります。 ちなみに、この本は電話で注文すると、希望の送付先まで 送ってくれます(03−3261−4509)。 郵便振込の用紙が同封されているので、本を受け取ったあと お金を送金するという支払い方法になってます。3000円です。 内容は、タイトルどおりなんですが、OB向けだけあって、 内輪のコメントがかなーり面白いです。 タバコを吸って怒られたとか、 運動会のとき、着ぐるみを着せられたとか、 得点掲示板にチーム名を書くとき、スタンドから見える ように大きな字を書くのに苦労したとか、 本社6階会議室やB3食堂で激例会が楽しかった、 とか(笑) ま、そのへん、誰がどう言ってるかは、買ってからの お楽しみということで。 あ、アジアクラブ選手権で古河電工がサウジへ飛んだ、 アル・ヒラル戦の舞台裏なんかも、そうとう面白いです。 ---- …快進撃が続く昭和三十五年十二月二十一日から翌年の一月十七日に かけて、古河電工サッカー部は東南アジア遠征を行っている。 それまでも企業同士の交流はあったが、この遠征は、企業の単独チーム としては初の本格的な海外遠征であり、出発の日には空港に大勢のマスコミ が駆けつけるなど、盛大な見送りがなされた。 遠征に臨んだのは、斑目広一団長以下二十一人のスタッフと選手たち。 タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシア、ベトナム、香港とまわり、 十試合を消化して四勝二分け三敗(一試合は豪雨中止)。戦後の海外 遠征で、日本のチームが勝ち越して帰国するのは初めてのことだった。 そして終わってみれば、勝ち越しての帰国となった。実際の遠征に参加 して二十一人のなかには、いまもこの遠征が強く記憶されている。 一部屋に六人を押し込められたインドネシアのホテル。そこには蚊が多く、 シャワーもなかった。手桶で水をかぶり、食事も美味しくなかった。それでも そこはインドネシアで最高級のホテルだった。 日本円の国外持ち出しに厳しいチェックがなされていた時代に、上限を はるかに上回る額を財布に忍ばせて出発した選手もいた。しかも、ことも あろうにこの財布を到着した空港で落としてしまったという。噂によれば、 多額の外貨を持ち込んだヨーロッパ人が、ごく最近に現地で投獄された という話だった。 もし、上限を超えた額の日本円が入った財布が見つかったら、いったい どうなるのか。しかも、その財布にはちゃんと名刺も入っていた。落とした ら落としたで、みつからないほうが安全だった。 ところが、ちゃんと財布はみつかる。こともあろうに、空港警備の現地人 が物事に厳しい人物だったなら、その後に大変な問題になっていたかも しれない。しかし、この場合は違った。その人物は、事を荒立てずに胸の うちで解決してくれたのである。異国の地で、人の優しさに触れた出来事 だった。 もちろん、この遠征は多くの人々の助けによって実現したものだった。 チームはどの国にいっても、手厚い歓迎を受けた。インドネシアでは 送迎パーティーに三百人ほどが集まり、バリ島の踊りもみせてくれた。 ジャカルタの試合では、なんと5万人の観衆が詰めかけた。この遠征の 総観客は、実に15万人に及んだとの記録が残されている。古河電工の 東南アジア遠征は、大成功だった。 ベトナムでは、『レバンテ杯』をかけてベトナム陸軍と戦った。記念すべき 試合にレバンテ最高司令官が訪れ、自らの名前を冠にしたトロフィーを 用意したのである。当然、ベトナム陸軍は自分たちがこのトロフィーを 受け取るつもりだったが、試合は古河電工の勝利で終わる。2−0の 完勝だった。地元のベトナム側は、敗戦に納得がいかなかった。 「もう一試合やろう」 こう言ってきたが、その後のスケジュールがあったため、もちろん再戦を 断ってベトナムを後にした。 この『レバンテ杯』は、いまでもジェフ市原のクラブハウスに設けられた ガラスケースのなかに飾られている。斬新なデザインのトロフィーは、 その他のカップに混ざって異様な雰囲気をかもし出している。日本の サッカーチームが初めて持ち帰った海外タイトル。それが記念すべき 『レバンテ杯』である・・・ : 古河電工サッカー部史/発行 古河電工サッカー部会OB 2004年 : �供歛萋鷯蓮‖莪豐�黄金時代を築いた選手たち p54-57より抜粋 ---- そーか、ジェフの初海外タイトルは、ベトナムの大会だったとは・・・。 トロフィーの写真も小さく載ってますが、確かに妙にひん曲がっている 感じです。 横浜FCがタイとかベトナムとか行くのは、GM(だっけ?)の奥寺サンが 実は、 「古河時代、東南アジア遠征は、すっげー面白かったナァ・・・」 とか思っているから、な気がしてきたぞ! (行ったかどうかは知らんが) にしても、アジアが亜細亜だった時代によく遠征にいったもんだ。 俺的に、ジェフは若干リスペクト度アップ。 ...
|
![]() ![]() メール ホームへ |