unsteady diary
riko



 その基準は、ほんとうに「基準」?

数年前、カウンターでお化粧をしてもらったときのこと。

要求はしなかったのに、(誰から見ても確かに思いっきり丸いが)
頬のシェーディングを怖いくらいにしてくれた。
たれ目は気弱でよくないと、アイラインを思いっきり上げ気味に書かれた。
濃い目の口紅が流行りだと、オーバーライン気味に塗ったくられた。
そうして出来上がった顔は、
ふだん見るより確かにシャープでモードっぽかったけど、
それが本当にいいことなのか、ふと考えてしまった。

いまでもブランドをめぐると、
BA(店員)さんのお化粧が定規で測ったみたいに決まっていて、びっくりする。
美の基準が、明らかにはっきりと決められてるのよね。
正しい1点に向かって、みんなのそれぞれ違うはずの顔を、
ブランドごとに研修を重ねて、見事に修正してゆくの。

バーバリーブルーレーベルの広告だったかなあ。
「去年の服じゃ恋もできない」っていうコピーがあったと思う。
今年の、正しい、素敵な、その着こなしのために、
やっぱり当てはまらない部分を切り捨てて、修正していくのよね。

雑誌とか街中を見ているうちに、
意識しなくても、自然とはやりものに目が行くようになるけど、
自分がそれを本当に「好き」なのか。
それをしてる自分を「気に入っている」のか。
自分に問い掛けてみると、ほんとうの気持ちはすごくぼんやりしている。

なんだか物欲が強い時期みたいだ。
それはたぶん今の自分がかなり気に入らなくて、
「物」でごまかそうとしているだけなんだろうと思う。
だけどそれで埋まる部分はわずかしかなくて、
けっきょく、すてきな「物」につりあわない自分を意識して、
「無難」を選ぶくせに。

2001年10月13日(土)
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