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CSで「聖なる星の奇跡」を見ました。
懐かしい…もう1年経ってしまったのね。 1年前の色々なことが思い出されます。 CSで見るよりも 何倍も舞台は素敵でした。 ラベンダーが溢れた美しい温室や タイムトリップする時の不思議な照明 そしてなにより1幕最後の21世紀の夜景 例えハイビジョンで撮っていても あの美しさは客席に座っていないと体感できません。 上演当時、この舞台は タイムパラドックスの つじつまがあってない ということで色々つっこまれ 出演者の演技とセットの美しさは賞賛されたけど 筋自体はそれほど評価されてないように思います。 でもわたしは、例えつじつまがあっていなくても 敢えて強引に話を進めるその児玉先生的手法が 好きなのです、そう「エンラブ」の時から(笑)。 一番のつっこみどころは 主人公フレデリック(和央)が 21世紀から19世紀にタイムトリップした時 ドッペルゲンガーが起こる すなわち元々19世紀に生きていた 自分に必ず出会うはずなのに それが起こらないということでしょう。 それから、 ヒロインのリディア(花總)は フレデリックに出逢い 「懐かしい気がした。以前にあった気がする」 と何度も言いますが、 リディアがフレデリックに"以前"逢ったのは 焼き直される前の時間の流れの中であり 今リディアが生きている時間外 いわばパラレル・ワールドの中の出来事です。 つまり時間の流れからすると 初めて出逢う訳なのです。 しかし、ここがポイントで この物語のおもしろさは 「単なる過去でも未来でもなく タイムパラドックスによって 焼き直される前の時間の記憶の存在」 なのだと思うのです。 未来から来た自分によって 過去の自分が変えられ 新しく未来も変わる それでもまだ変えられる前の もう1人の自分の記憶が残っていたら? まるで生まれ変わる前の記憶が 残っているような時空を超えた記憶 いわば"もう1つの未来の記憶"の存在なのです。 リディアとフレデリックの愛が これほど運命的に描き出されるのは この2人の間に、この もう1つの未来の記憶が 確かに存在していたからこそなのだと思います。 「ある日どこかで」など タイムトラベルを題材にしたロマンスは 色々あるでしょうけど こういうことを題材にしたのは 絶対珍しいと思うのです。 「君は待っていた…このブランコに座って…」 というラストのエドアルド(水)の独白は お芝居のクライマックスで、とても胸を打ちます。 エドアルドは、未来の自分からの手紙によって 書き換えられたもう1つの未来の存在を 認識してこの台詞を言うのですが エドアルドのこの台詞には 確かな実感が込められているような気がしませんか。 エドアルドもまた、未来の記憶を持っていたと。 ちなみに、同じく 現代から19世紀に旅するお話で 「トムは真夜中の庭で」という物語があり こちらの主人公は少年なのですが 「聖なる…」の世界は この物語とちょっと 似ている気がしました。 スケートのシーンとか 真夜中に鐘が鳴るところとか。 やはりタイムトリップものは面白いなぁ…。 |
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