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「王家に捧ぐ歌」FINAL〜その2〜
2003年11月04日(火)

いけません。

日記が1日に入りきらないのを
初めて体験しました。
実際2日かけて書いているのですが…。

長くなってきたので
気になる人物・場面ごとに切って書きます。


〜ケペルとメレルカ〜

ケペル(立樹)とメレルカ(柚希)2人揃っての
見せ場は2幕、ラダメスを挟んで歌う
「♪自分に都合の悪いことはすぐに忘れる
 これが平和だ」
と歌うデュエット(だよね?)でしょう。
ここは軽快なリズムで、
振りも割とコミカルなので
楽しい場面に見えがちです。
でも、歌詞や台詞の内容は
平和になった途端
戦争の苦しみを忘れ
戦士たちの存在を否定しようとまでする
民衆への憤りや戸惑いを表しています。
なのですごく表現が難しいんじゃないかと思うのです。
ムラで観た頃は
すこし皮肉っぽく思えるくらいで
やるせなさはイマイチ伝わらなかったのですが
今回観たら、ちゃんと伝わってたし
怒りまでを表現していたと思います。


〜サウフェ〜

サウフェ(涼)は
アムネリスの次ぐらいに
お気に入りの人物です。
すずみん(涼)は黒塗りが
めちゃくちゃ似合いますし
それに、すずみん演じるサウフェは
優しさに溢れた繊細な人
という感じでとても素敵な雰囲気なのです。

台詞も出番もほとんどないのに
(アイーダに「優しかったお前」とか
言われてるのが大きいけど)
彼が非常に優しい人だということが
余すところなく伝わっている。

サウフェが優しい人だと分かるのは
みんなが口々にアイーダの不実を責めても
サウフェだけは、深くひざまづいて
「♪もとの貴方に 戻って下さい」
と歌い、あとはじっと哀しそうに
王女を見つめるだけなんです。
「アイーダのことも特に慕っていた」
と言うトヨコちゃん。
サウフェにとって、アイーダは
女神様のような存在だったんでは。

しかし、サウフェの心のアイドルアイーダ様は
「わたしは1人の女になるの!」
と突然宣言。
そして追い打ちをかけるように
「わたしがラダメスと逃げるまで
 決して行動は起こさないで」
という言葉を聞いたときの
サウフェの驚きと哀しみの表情…
これがもうほんとうに
可哀想な様子なんですよ〜。
「ああこの人は、わたしたちを本当に
 見捨てるんだ…どうしたらいいんだろうか」
という絶望が伝わります。
前の場面でもそうですが
他の人が怒り心頭して騒いでいる中で
サウフェは1人で静かに悲しんでいるので
目立つんですよね…。

トヨコちゃん(涼)によると
サウフェは、本来ラダメスのような考えに
共感できる人なのだけれども
そもそも平和という概念が無く
両親をエジプトに殺されてしまった
という哀しみと憎しみがあまりに深いため
こんな風に生きているという設定のようです。

平和の概念がないって哀しいことですよね。
ラダメスが平和を宣言しても
サウフェにはその意味が分からないのです。
たぶん平和が訪れても怨みは晴れないし
エチオピアにも希望はないだろう
と思うんでしょうね。
ウバルト(汐美)が
「俺たち(のテロ)は 神に赦されている」
と言えば、その言葉の方にむしろ
安らかな希望を見いだしてしまう。
ここのシーンで、ウバルトの歌に合わせて
カマンテ(真飛)は、
かなり好戦的な振りの踊りを
激しく踊っているのですが
サウフェの方は、恍惚とした表情で
神の声を聞き届けようとしている様子が分かります。

戦争さえなかったら
エジプトへの憎しみさえなかったら
もしくは、それを乗り越える
なにかを与えられていたら
優しいサウフェならきっと
テロなんてしないはず。
―――――と
サウフェ贔屓のわたしは思うのです(^^;)。


〜谷の殺戮〜(NOT谷作品)

ラダメスの戦略により
谷に誘き出されたエチオピア軍が
エジプトの大群に挟み撃ちに遭う
大量虐殺のシーンです。
ラダメスが銀橋で歌うソロに合わせて
舞台上ではスローモーションで
殺戮が繰り広げられます。
ケペル、メレルカといった
観客が感情移入する好ましい人物が
この場面では微笑みすら浮かべながら
残虐に人をいたぶり、執拗に突き刺す
なんとも言えず怖いシーンです。
実際、第二次世界大戦中
強制収容所で大量の人を殺してきた人が
家では家族やペットを愛する良き父親だ
という話があったりしますもんね。
どなたかは分かりませんが
メレルカの持っている剣に
ゆっくり首を押しつけられ
その後で滅多切りにされてしまう
エチオピア人の人の最期の表情が
ゾッとするほど無惨で
忘れられない表情です。
たぶん娘役さんだと思うのですが…。


〜「アムネリスの宣言」〜

アムネリスの部屋で
アイーダをいたぶる女官たち。

ここを観ていると、
エリートに見初められた
新入女子社員をいたぶるお局OLたちの図
という図式が目に浮かびます(^^;)。

そこへアムネリス様が登場し

「おやめなさいっ!」

といじめを止めに入ります。
その後アムネリス様が
女官たちを諭し
自らの理念を歌いあげるうちに
女官たちの表情はみるみる
憧れと尊敬の表情に変わってゆきます。

「偉大なものは 偉大なものであり
 従うべきは 従うべきものだと」

これは「アムネリスの宣言」
という歌らしいのですが
歌詞的には「アイーダの信念」と
対になる「アムネリスの理念」的
歌ではないでしょうか。

ここでアムネリスは
なにを言いたいんでしょうか。
「エジプトは凄くて強いから
 自信をもって座っていればよい」
と言っているのではもちろんないですよね。
「人の上に立つ者としての
 誇りと余裕を忘れずにいたら
 自然と相応の扱いを受けるでしょう」
と言っているのかな。

感激と誇らしさにうっとりする女官たちと
王家の威厳と品格を思い切り見せつけるアムネリス
それを外側から冷めた目で見ているアイーダ。

しかしアムネリスの歌う信念とは
それだけのものなのでしょうか。
あの歌の歌詞には
もっと深い素地があるのではないか
と思うのです。

それは、

「偉大な太陽も夕暮れになれば
 大地に沈むように
 ものごとはいつでも
 あるべき道をたどります」

という部分に象徴されるような
神に定められた運命、歴史の流れ
を黙って受け入れる大きな懐ではないかと。

たとえば、1幕最後に
ラダメスの「エチオピア解放」の願いに対し
「わたしはお前の願いを神掛けて叶えると約束した。
 だからお前の言う平和に賭けてみよう」
というファラオの答えはまさに
その理念から出ているのではないかと思うのです。

2幕始め、
「平和は 新たな歴史の 始まりに過ぎません」
というラダメスに対し
「わたしには偉大な歴史の終わりに思える」
と嘆いたアムネリスは、その理念をまだ
本当に自覚・理解してはいなかったかもしれません。
けれど、愛するラダメスの処刑を執行し
最後に不戦の誓いを立てたアムネリスは
運命、歴史そういった壮大なものを
見ることの出来る大きな視野の持主に
なったのではないかと…。


〜デュエット・ダンス〜

檀ちゃんのお話によると
フィナーレのデュエットダンスは
物語から幾星霜の時が流れた後
アムネリスの魂とラダメスの魂が
出会うストーリーダンスなのだそうです。

確かに、あのダンスの中で
なにが一番感動的って
あの檀ちゃんがワタルくんによって
すごいリフトをされていることよりも(^^;)
檀ちゃんとワタルくんが出会う
ダンスの始まりの部分なのです。

この世での出来事
哀しみも孤独もすべて忘れ
アムネリスの魂が天に上って
雲の上を進んでゆくと
天空の中央でラダメスの魂が待っていた。
そう考えると号泣ものではありませんか〜!?
(ひとりで感動)
ワタルくん、いや、ラダメスの魂(笑)
を見た瞬間の檀ちゃんの嬉しそうな顔を観るたび
「ああ、アムネリス、幸せになってよかったね」
と思います。

次の公演では、ワタルくんと檀ちゃんの
幸せなラブストーリーを見たいです。
おっと、次の公演なんか考えられないとか
最初に書いてたんだっけ。

しかしトウコちゃんの男役も
観たくなってきたなぁ。
トウコちゃんといえば
ラストの地下牢の再会シーンで
「なぜこんな所に…」
とラダメスに言われて
「なぜですって?」
と聞き返すトーンが以前聞いたときより
何倍も高く柔らかくなっていてびっくりしました。

全体的にムラ公演より
東京公演の方が格段に盛り上がりがあり
深まっているように思います。
勿論ムラ公演の方もとても感動しましたが。

CSは、今のところどの公演も
東京の千秋楽を約1年後に放映している様子…
お願いだからこの「王家」の東京公演も
全編放映して欲しいです。
少しも早く…。



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