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「王家に捧ぐ歌」FINAL〜その1〜
2003年11月03日(月)

マイ大ヒット公演
星組「王家に捧ぐ歌」
最後の観劇をしてきました。
通算5回観たことになるけど
どの回も涙流れっぱなし、泣き続け状態でした。
本当に、、、ほんっとぉ〜に感動的な舞台でした。
もう明日から二度と
ワタルくんはラダメスではなく
アムネリスは檀ちゃんではなく
アイーダはトウコちゃんではなく
星組は「王家」をやらないのだと思うと
哀しくて山に籠もってしまいたい…。
うう、再演の希望を摘み取った
90周年が恨めしい〜〜っっ(^^;)。

…と、このように
「王家」にハマった連休なため
ご贔屓さんの「1 Day Trip」のファーストランを
すっかり忘れていました…きゃーーーー
ごめんなさいなおちゃん(泣)。

今日は千秋楽ですが
わたしは楽は見られず
前楽と土曜日に見てきました。

土曜日は
ラダメス処刑のシーンで
「ラダメぇぇぇぇぇス!!」
と叫ぶアムネリスの嘆きが収まらずそのまま嗚咽。
それを観て涙どぱ〜〜〜。

前楽ではなんと、
ワタルくんの開演アナウンスで
拍手がわき起こる、という盛況ぶり。
初日でも楽でもないのに
アナウンスで拍手が起きるのを
初めて体験し大感動。

わたしのお気に入りは
やはり檀ちゃんアムネリスでしょう…。

もはや、檀ちゃんがアムネリスなのか
アムネリスが檀ちゃんなのか分からない。
もちろん「王家」全体が大好きなんですが
見る毎にアムネリスを主人公にして
観ている部分が増えてゆく気がします。

どうして檀ちゃんは明日から
アムネリスじゃなくなるんだろう。
ずっとアムネリスでいたらいいのに〜〜
と無茶なことを考えている今日この頃―――――
これからの楽しみはといえば
来年プチミュージアムで
檀ちゃんの衣装が展示されることぐらいかな…。

ミュージアムには、やはり
あの1幕ラストの金細工の衣装が
展示されるのでしょうか。
どの場面もかなり凝っていて立派なので
出来れば全部展示して頂きたいです。
わたしが好きな衣装は、
登場シーンに着ていて
「GRAPH」の特集にも載った
白い孔雀の羽帽子の付いた衣装です。
この時のアムネリスは
腕がほとんど出ていて
そのまんま銀橋にも出るので
全身に振りかけているラメがすごく光るんです。
それがもうまさに黄金の姫(←NOTキャロル)。
残念ながら、檀ちゃんがGRAPHで言っていた
ラメが空中に舞うという様子は
観たことないですが…。観た人いるのかな??
それから2幕の登場で着ている
紫色のドレスも優雅です。
ドレープの付け方が
かなり凝ってます。
袖が背中で繋がって、
後ろで裾のようになっているのですが
動くとマントみたいにも見えて
その襞がなんとも繊細なんです。

このドレスを着ているシーンで
アムネリスはラダメスに
「♪貴方は一体誰を 愛しているのです〜?」
と言ってラダメスにキスを迫ります。
このシーンは、ムラ公演では、
胸を触れるようにして
顔は客席を向いてそらす格好でした。
それが、東京公演では
顔そのものを近づけるようにしていて
今回観たときはそれがかなり
ギリギリの距離まで近づいていて
びっくりしました。
3センチぐらいだったかも…。
檀ちゃん、CS映像のムラの稽古場段階では
異様に恥ずかしがっていたのに
やっぱりやるときはやってくれるのね(^^)。

檀ちゃんは、月組トップ娘役時代
マミちゃんの相手役だった時はお姫様役が多く
おっとりとしたイメージが強い人でした。
当時からご本人も
「本当はこういう役は似合わないと思っていた。
 以前はもっと個性的な役をやっていた」
みたいなことをおっしゃってたような。
また、確か雑誌のインタビューで
「音楽学校時代は、男役をやりたかった。
 軍服を着たかったので」
ともおっしゃっていたような。

けれども、檀ちゃんがトップに抜擢される前に
わたしが生で観たものでそういった個性的な役は
月組ズンちゃん(姿月)主演
「フェイク・ラブ」の酔っぱらい美人マダム役
くらいだったので、そんな檀ちゃんの発言が
イマイチピンと来てませんでした。

でも、このアムネリスを観て納得。
場面のラストのポーズのキメ
「ナイルの流れ〜のように〜♪」
「この人の元エジプトを守りたまえ〜♪」
「エチオピア〜を滅ぼしに行きましょう〜♪」
など、どれも男役バリに決まってます。
それでいて、ラダメスを見つめる表情は
たおやかで、マミちゃん時代の雰囲気を
息づかせており、緩急絶妙だと思います。


アムネリスの事ばかり話していてもなんなので
順を追って全体を…


まず幕開き
3500年の間この世を魂のまま彷徨っていた
ウバルト(汐美)、カマンテ(真飛)たち
エチオピア人のテロリスト。
「今も、なにも変わっちゃいない。
 なにも分かっちゃいない…」
の台詞で、つい昨日イラクで起こった
ヘリコプター撃墜事件を思って胸が痛くなりました。
ここで、カマンテは客席を指さすのですが
2幕のエチオピアの廃墟のシーンでも
エチオピアの女たちが
「♪人間は そもそも そんな生き物なのか?」
と歌いながら客席を指さしてます。
今を生きる私達に直接問いかける演出になってますよね。

その後始まる
「♪失われた時は、二度と戻らず
 ただ魂の記憶だけが…」
というプロローグの歌になるのですが
ここは私が一番好きな旋律で一番好きな歌詞です。
ここでまず最初に泣きが入ります…(^^;)。

死んだエチオピア人たちの合唱の中
真っ白な衣装で上手下手から歩いてくる
ラダメス(湖月)とアイーダ(安蘭)。
それがとても不思議な存在で
古い映写機に映し出された映像のように見えます。
エチオピア人たちも
ラダメスもアイーダも
みんな同じように死んでいるのですが
ラダメスとアイーダだけは別で
エチオピア人たちが観た幻像
ウバルドの訴えによって
歴史の記憶から映し出された姿
まさに"魂の記憶"の残像という感じです。

その次、第2場「イシスの神殿」
栄光を極めるエジフトが
エチオピア人を追い払い、
更なる勝利を目指して歓呼する場面です。
久々に観たらチャルさん(箙)演じる
ファラオメイクがとんでもないことに!
な…なぜアイラインが頬骨の上に…?
これはもはやアイラインではなく隈取りなのでは…。

痛めつけられるエチオピア兵の中で
一際美貌のユカリちゃん(綺華)を
見つけることがわたしの毎回の楽しみです(^^)。
その類い希に怜悧な美貌が
どっちかというと
エチオピア兵よりもエジプト兵を
やった方が似合うんではないか
と思ってたのですが
(齋藤作品「ヴィンター・ガルテン」で
冷酷なナチスを演じて似合っていたし…)
フィナーレではエジプト兵になっている
ということを最後に発見。やはりお似合いでした。
この人に、いつか新公主役をやって頂きたいと
思うのだけど、一学年下にチエちゃん(柚希)が
いるから難しいだろうな…(・_・、)。
ちなみに、次の星組齋藤作品
「巌流−散りゆきし花の舞−」に
ユカリちゃんは出演します。
またクールな役をやってほしいぃ〜。

話を戻して…


「勝利を!勝利を!勝利を!……」

若いエジプト兵たちの合唱と
マントを翻して入場してくる
ケペル(立樹)とメレルカ(柚希)が
とても精悍で素敵な感じです。
ケペル&メレルカは、その高い身長を生かし
いかにあのかぶり物とマントを効果的に魅せるか
ということが、まず重要だと思うのですが
その点2人とも完璧だったのでは。
この2人を同じく長身なワタルくんラダメスの
親友役にして並ばせたのは非常にナイスだと思います。

次はワタルくん(湖月)のソロ。
ここは、ムラ公演を観たとき
お芝居の中で一番
ワタルくんのトップお披露目を
実感した場面でした。

「その将軍がわたしだったら…
 ―――――いいや、わたしに決まっている…!」

未来に常に輝きを見いだす
太陽のような明るさと、確かな自信。
ワタルくんという人が今トップになる
まさにその状況そのものを
歌い上げているかのように感じました。
そう思って聞くと
「♪最初に勝利を祝うのはわたしだ!わたしだ!」
と歌うところなどは
(ご本人は現実に
どう思っているかは全く別として)
トップとしてのその姿を
どうだ〜やったぞ〜と
見せている様子が
最近のお披露目の雰囲気にはない
新鮮味を感じます。また、
「♪冒険は限りなく 果てしなく続く」
という部分は、ワタルくんの
子供のような好奇心を
表しているようで微笑ましいです。

といって、ワタルくん自身
「ラダメスという役になりきっているので
 お披露目とかはあまり意識しない」
とインタビュー等でおっしゃっていたように、
わたしもお芝居でそう感じたのは
ここのシーンまでで、あとは現実を忘れ
役の世界しか頭に浮かびませんでした。

第3場、ラダメスは
エジプトに捕らわれた
アイーダたちエチオピアの女に
「嘆きの日々は終わるだろう。
 エジプトが勝てば エチオピアは自由を得る」
と告げます。それを聞いて
無邪気に喜びの表情を浮かべる
エチオピアの女たち。
けれどもラダメスが

「♪エジプトが闘うのは世界の平和のため
 神の名のもと正儀を守るため
 エジプトは闘っているのだ」

と誇らかに続けると、一瞬のうちに
表情が曇ってゆく様がとても可哀想…(泣)。
アイーダは高笑いをして
「どちらが勝っても闘いは終わらない。
 闘いは闘いを生むだけ」
と言い放ちます。

4場「メンフィス神殿」
伝令が次々にエジプトの急を告げます。
アモナスロ王(一樹)率いる
エチオピア人が攻め上り
テーベで戦闘が始まったのです。
目の前で事切れる傷ついた
エジプト兵を目の当たりにして
さめざめと泣くエジプトの女官たち。
(この女官たちが、後でアイーダを
容赦なく虐めまくるのかと思うと
そのギャップがまた興味深い…)

ラダメスは神託により将軍に選ばれます。
神官がラダメスの名を告げたとき
一瞬メレルカ(柚希)の表情の中に
苦々しい色が浮かぶのが
メレルカらしくてイイです(笑)。
メレルカ=野心家だそうなので。

メレルカは、
ラダメスがアムネリスの婿に
選ばれたときも、やっぱり表情に
微妙に苦々しさが浮かんでいるような気がするのです。
しかしそんなキャラにもかかわらず
それに勝る強い友情があるというのが
メレルカのいかしてる所なのです…。

反対にケペル(立樹)は
一途にラダメスを思っている感じです。
ケペルの見せ場はやはり
「三度の銅鑼」のシーンで
ラダメスが
「秘密が漏れたのは
 恐らくわたしのせいだ」
と告白した場面で叫ぶ

「―――――ラダメぇぇぇスっ!!(泣)
 …なぁーーーーぜぇだぁ〜〜っっっっっっ!!!(号泣)」

…わたしがこないだ観たときは
これほどまで泣きが入っていなかったのに。

今回観たら、文字通り号泣しながら
台詞を叫んでいて感動的でした。

更にもっと感動的だったのは
ラダメス処刑の場面。
その場のエジプト人は
全員ラダメスを指さして

「♪裏切り者に死を〜〜」

と歌うのですが
ケペルだけは、ケペルだけは
涙流して泣いているんです〜〜(T.T)。
全身全霊で辛そうにしているのが伝わるんです。
「ラダメスは絶対裏切り者なんかじゃない
 なにかの間違いなはずだけど
 それが分からないし
 自分にはなすすべがないのが辛い」
という感情が無言のうちにも伝わります。
メレルカも辛そうなんですが
ケペルほど涙目になっていないかなー。
(それはそれでメレルカっぽいからよいのです)
あのケペルの純粋な感情表現は
ほんとうに胸を打ちます。
ラダメスのやることならどんな事でも信じてる
という心酔ぷりは、ファラオに次ぐ勢いかも。

そうそうファラオ。

ファラオはどんどん
ラダメスへの愛が深まっている!
と思うのはわたしだけでしょうか…。

ムラで観たときも、つい想像してしまったものでした。

〜 2幕「月が満ちる頃」
 アイーダ「アムネリス様がわたしたちを
  許す訳がない〜〜♪」
 ラダメス「だからファラオに許しを請おうと…」
 アイーダ「ファラオ(笑)?ファラオも貴方を
  愛しているんじゃなかったの!!」
 ラダメス「!?…ファラオが……わたしを…?(ポッ)」
 アイーダ「!!…さぁ行って。ファラオの所に戻りなさい。
  わたし〜は、それを、責めま〜せ〜ん(TT)」

という展開を―――――(^^;)。

という冗談はさておいて(^^;)
2幕最後はラダメスの歌に
大合唱し大クライマックスで幕が切れますが
実はその場にいるほぼ全員
ラダメスの主張には
意義や疑問を唱えており
あの「王家に捧ぐ歌」の歌詞に
共鳴しているのは
アイーダとファラオのみなのですよね。
そう考えると、
愛し合っているという前提の
ラダメスとアイーダはともかくとして
ファラオの懐って
なんて深くて大きいのだろう
と思って感激しませんか。

ところで、また脱線しますが
「報復ではなく、返って慈悲を」
というラダメスの台詞を聞く度に
劇団四季の「ミュージカル 李香蘭」の
「徳をもって怨みに報いよう」
という言葉を思い出します。
この場面の合唱
「♪憎しみを憎しみで返すなら
 争いは未来へと続くだろう」
は「王家に捧ぐ歌」に
すごく共通するものがありますよね…。

さて、また話を戻して
この1幕のファラオの平和宣言ですが
2幕最後のアムネリスの不戦の誓いは
これに対応してあるのではないかと思います。

命をかけてエジプトに勝利した
ラダメスの唯一の願い。
「エチオピアの解放を
 この世に平和を」
という言葉を信じて宣言するファラオ

「エジプトの息子よ、
 願いは確かに 聴き届けた」

でもファラオは殺され、平和は崩れます。

そして再び
エジプトを捨て
裏切者として処刑される
ラダメスの最期の問い
「エジプトは世界が終わる日まで
 戦い続けるのでしょうか?」
その言葉の意味を悟り
不戦の誓いを立てるアムネリス。

「聞きなさい、
 わたしの生きている限り
 エジプトは決して
 自ら闘いを挑んではなりません」

それに続くアムネリスの言葉

「この宣言の虚しさは、充分に承知しています」

は、目の前で父が殺され
自らの手で愛する人を処刑する
という体験をし
平和の難しさを知る
アムネリスだからこそ
言える言葉だと思います。

しかし、これほどまでに王家一族に愛されながら
王家によって処刑されるラダメスって因果な人…(^^;)。

それにしても
アムネリスこそ
この物語の中で一番孤独な運命を辿った分
最も変化し、成長した人物ではないかと思うのです。

黄金の玉座に座り
空中プランコに乗るファラオは
神のような存在として描かれていますが
最後に蓮の花の前に立つアムネリスもまた
神というか、菩薩のような存在に感じるのです。
ムラではもっと辛さを乗り越えたような
複雑な表情だったと思うのですが
東京はなんだかすべてを超越したような
神々しさを感じました。
(やっぱりアムネリス贔屓かな…(^^;))。


◆その2につづく



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