6匹目の兎<日進月歩でゴー!!>*R-15*

2007年01月29日(月)   鬼の守人 ─嚆矢─  <十六>

鬼の続編を更新。

気が付けば、一ヶ月ちかく放置していた事実。
アワアワ(;´Д`)






















































十六、繭玉



一つの道。
外への扉を開け放ち、兎草は一歩を踏み出した。

灰色に淀む空を舞う、妖し。
黒い鳥の羽ばたきを見上げ、兎草はもう一度、大きく息を吸った。
「よーし、兎草。気楽に行こうや」
「うん」
自分を安心させる様に笑う馬濤の、不敵極まる表情に、兎草も笑みで答える。
「鬼喰いを信用してるからね。気楽に行くさ」
「そうそう。我が主様は、術に集中すりゃあ結構」
大仰に腕を組み頷く、傍らの鬼喰いに、未熟な主は頷き返した。
此処まで来れば、後は、やれることをやるのみだ。

空から、喰える喰えると、妖しの歓喜の叫びが降ってくる。

けれど、兎草の心はいつになく、静かだった。
使えた試しの無い、術を使うというのに、不思議なほど平静でいられた。
熟練者の大輔や素子は、面倒なことを省いて、自分流に結界を張る。
しかし、今まで結界のケの字も意識したことのない初心者の兎草には、順を追い、言葉を使って、筋道を立てて結界を張るしか方法は無い。
要するに、酷く面倒くさい方法で言葉を紡いで、呪を編み上げなくてはならないのだ。
一つの過ちも許されない。
そんな心的圧力の中でさえ、今の兎草は正確に、それらを心の中で唱える事が出来た。
それは、傍らの鬼喰いがもたらしてくれた、兎草の心の変化の最たるものだった。

繰り返し、繰り返し、音にはせず心に乗せ。
呪を流麗に編み上げる、そう、己に言い聞かせる。

空を仰ぎ、目を瞑り、再び此の世を見詰めた時。
兎草の茶の瞳は、今までに無い程、清冽な光を宿していた。
その目で、馬濤をひたと捉える。
「馬濤、始める」
「おう、どうする?」
その視線。
震えがくる程の喜悦を、兎草に見詰められる事で、呼び覚まされる。
だから、この子供は面白い。
馬濤は内側から沸き立つ心をそっと抑え込んだ。
頼りなげな姿は既に其処に無く、眷属を従える主が命を下すばかり。
「引き付けてくれれば、いい」
「──心得た」
主の前に跪き、頭を垂れた鬼喰いは、転瞬。
黒い衣に風を孕み、空を支配する妖しの元へと跳ね、舞った。

ぎゃぁああああ、と耳障りな咆哮が響き渡る。
それに呼応する様に、淀んだ空気が馬濤を取り巻こうとするが、軽々と身を捻り避けた。
そして、間髪入れずに馬濤の剥き出しになった太い腕が一閃する。
黒と黒が、交わり、反発し合う。
その二つの鬩ぎ合う黒を静かに見詰めていた兎草の口から、微かな声が漏れた。

理の、言の葉。
異能者の力の発露。

謳う様に、兎草によって結界という呪が、編み上げられていく。
それは、とても相手を滅する為に放たれる力には見えなかった。
兎草が言葉を編み上げるごとに、光が迸り、妖しを縛っていくのを馬濤は目の当たりにした。
陽の光に煌く、蜘蛛の糸のごとくに、きらきらと奔るその糸。
それに触れられた途端、妖しの鳥が絶叫した。
羽をばたつかせ、振り払おうと足掻き、宙でもんどりうつ。
馬濤は鳥から距離を置き、編み上げられる結界を口の端を引き上げながら、眺めた。

ぎぃいいぃ、苦悶の声が開かれた嘴から漏れる。
兎草は静かに鳥を見据え、呪を編み上げ続けた。

鳥は自棄を起こしたように、兎草に向かって、突っ込んできた。
けれど、兎草は視界を揺らす事も無く、ひたすらに言葉を紡ぎ続けた。
恐怖もなく、怒りや惑いもない。
その時の兎草にあった感情は、穏やかなものでしかなかった。
ひたすらに、結界を編む主を護るように、馬濤は降り立った。
正面からぶつかってくる鳥の攻撃を押さえ込み、弾き返す。
全ての力を封じられて、鳴き喚く、妖し。
結界に縛られて足掻く、黒い鳥は、再び中空でもがき始めた。

その姿を振り仰いだ時。
馬濤は、背に庇った兎草の言葉が止んだのに気付いた。
兎草は合わせていた手を開き、宙に押し戻された妖しに向かって、手を差し伸べた。
すると、煌く糸が収縮し、次第に形を成していく。
黒い妖しを黄金に染め、外界と隔絶する力が放たれる。
そして、四方四辺、四陣の結界の糸が結ばれて。

兎草の初めて使った力は、結界として、此の世に現れた。

その結界の中央には、妖しを縛する糸が形を作っていた。
それは、まるで。
四角の箱に護られた、黄金色の繭玉の様であった。

馬濤は、兎草によって編み上げられた、美しい結界を見上げた。
その口許には、満足気な笑みが浮かぶ。

黄金の結界に包まれた妖しの姿は、見えない。
辺りを侵す様に発せられていた禍々しい気は、もう感じられなかった。
身を切り裂く様な叫びも、既に絶えて。
結界が正しく機能している事は明らかだった。

それを創り上げた張本人、兎草はといえば。
弾む息で、ただ、結界を見ていた。
夢か、幻でも見ているような、目で。
それから、縋る様に、馬濤の姿を探して。

「結界・・・自分、はれた・・・・」

兎草は小さな子供みたいに、たどたどしい言葉で、自分の気持ちを伝えた。
力を揮う事が出来た。
妖しを捕らえ、小さな少女を護る事が出来た。
凄く嬉しいし、素直に喜んでいる。
でも、何から語っていいのか。
兎草の口から、いつまでたっても、言葉は出てきてくれなかった。

「良く出来ました」

馬濤は兎草の前に立つと、笑んだ。
「馬、濤、俺やっ・・・・」
馬濤の笑った口元。
眼を覆う黒い布。
それを間近に見た途端、兎草の意識は真っ白になり、そこで途切れてしまった。
崩れ落ちる、主のその身体を難なく抱き止めて。
「力の加減が、上手くいかなかったか?まぁ、初めてだかんな。こんなもんだろ」
馬濤は、兎草を労わるように抱き締め、その髪を撫でた。


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武藤なむ