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■ 血の雨/T.コラゲッサン・ボイル
PEN/マラマッド賞受賞のT・コラゲッサン・ボイルは、短編の名人である。この本の内容も実に多彩だ。 天才チンパンジーに彼女を奪われた男の哀しみを描く、「人間の退化」。 屈強なバイキング詩人には許せないものがあった、「おれたち、バイキング」。 ラッシー、少年を見捨ててじぶんの恋につっ走る、「名犬ラッシーの真相」。 老いぼれ大地の生理現象?圧倒的で異様な世界、「血の雨」。 たしかに存在したものがひとしれず消えてゆくさま、「絶滅ばなし」。 ビール缶コレクター、まぼろしの銘柄「ケツァルコアトル・ライト」をもとめて悲劇のメキシコ探検。 すごいワルでもビビることはある、あの晩「あぶら沼」で起こったこと。 代理で赤ん坊を生むために、漁師の家に医学部の女子大生がやってきた、「キャビア」。 サバイバル・ライフ、どうせやるなら命をかけて、「とことんまで」。 伝説のブルースマンははらわたを引きずり出して死んだ、「おれの行く道は石だらけ、地獄の猟犬がつきまとう」。 “ソビエトってことは最悪ってこと”そんな言葉は小市民アカーキイの耳には届かない、「外套��」。 全11編、初期の傑作。 ─カバーより
今週の授業はボイルのテキストなので、再読。 内容はすっかり忘れていたが、久々に読んで、ああ、こんな感じだったっけと思い出した。
<以前の感想> この本を手にした時、びっくりした。まるで血糊に浸したような装丁だったからだ。見た感じは、どうも好きになれそうもない雰囲気。しかも短編集である。常々、短編の上手い作家は少ないと思っているので、ボイルもまたその多数の方に入る作家なのではないかと、はなから期待していなかった。ただ、「血みどろの世界がコミカルで切ないそのわけは?」というおびのコピーがちょっと気になった。
さて、いざ本を開くと、あっという間に引き込まれた。引き込まれたというより、引きずり込まれたという感覚だ。顔をしかめるような描写もあるし、けして美しい話ではない。しかし、そこかしこにそういう描写があっても、目を離すことができないのは、ボイルのネタの目のつけどころが、他の作家と違ってユニークで面白かったからだ。こういう感覚になったのは、イタル・カルヴィーノ以来だろうか。本当はひとつひとつの作品について書きたいところだが、今回はとにかく面白いということだけ書いておこうと思う。
短編の名手といえばサマセット・モームであるというのは、今も私の中では変わっていないが、モームとはまた違ったタイプの短編の名手として、ボイルの名を挙げたい。
ほかにも読んでみようと思って、ボイルの作品を探したのだが、短編も長編も、現在日本ではほとんど扱われていなかった。本書が広く受け入れられれば、また再版もあるだろうか。ぜひ期待したいと思う。また、青山南さんの翻訳もとてもよかった。青山さんの豊富なアメリカの知識によって、原書で読むよりもはるかにイメージがふくらんだことは間違いない。
<今回の感想> 今回も以前と同じ感想。ただ、あれから他の本も読んだりしたので、最初の新鮮な驚きは少々薄らいでいる。それでもやっぱりボイルは面白い。あえてどの作品が面白かったかと言えば、これも前回に思ったのと同様「ケツァルコアトル・ライト」だった。
ただ、以前はひとつの短編が何を言おうとしているのかということはあまり深く考えていなかったのだが、最近はそういうことも考えざるを得ない状況なので、これもまたあれこれ考えたのだが、ボイルの短編の場合、さらっと読んでその妙な世界に浸るだけで、私は満足だ。何を言っているのかということまで深く考えると、せっかくの楽しい(?)気分が半減してしまいそうで、授業でもない限りは、「ああ、面白かった!」とこの世界を楽しむだけにとどめておきたいというのが素直な気持ち。
2003年10月23日(木)
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