きのうきょうと 鬼のように働いた。
仕事柄 たくさんの人に 次々と会う。
奄美で 自分本来のリズムに やわらかくなっていた 自分のカラダが
いろいろな 人の振動をうけるのが よくわかった。
人と会うたびに その人の振動を受ける。
一緒に振動しながら あらたな振動を 一緒に つくりだしていく。
次の人に会うと また別の振動が やってくる。
その次の人…と
いちにち終わったころには 自分のカラダが いろんな振動の余韻で くらくらしているのが わかった。
そうだった わたしがやっている仕事は こういうことだったのかと よくわかった。
一番大事なのは 自分ができるだけ からっぽでいること。
相手の振動を 敏感に感じられる状態で
だけれども ぶれない 赤い球が 真ん中にあること。
いい仕事をつづけていくためには いろんな振動をうけて くらくらアンバランスになってしまっても なるべく本来の振動に 戻れるような術をもっておくことだ。
それには やっぱり振動だ。 自分のきもちいいとおもえる 振動のものとふれることだ。
わたしの場合は 山にいったり海に行ったり 自然がいい。 奄美は強烈にパワフルだけど
この大阪での 仕事の日常では なかなか それができない。
そんなことを考えながら ふらふらと駅のホームをおりたら 知り合いにばったりであった。
お互い 話したいことがあったので 30分だけ駅前で焼酎をのんだのだけど その方の振動が いまのわたしにとても心地よく 自分がゆるんでくるのが わかった。
きもちいい振動の人と 会うことは とてもいい。
こうやって 人と人は 助け合っていくのかもしれない。
人って 言うこととか やることも 大切だけど
振動によって 世界になにかを 発信している イキモノのような 気がする。
だから ひとりひとりが 存在するだけで この宇宙に 必要な パーツなのかもしれない。
なんて 考えた。
今回 奄美の旅で わたしが うけとったメッセージのひとつが
この 振動のことでした。
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