| 2013年04月11日(木) |
奄美大島の旅9(忘れそうになりながらも急いでかきなぐる) |
フェリーが加計呂麻島の 瀬相の港をゆっくりと出る。
オープンエアの 2階の席で 風にあたって 島に別れをつげる。
ありがとう ありがとう。
いただいたものを 大切に
わたしは わたしの身体をつかって できることを ちゃんと できますように。
がんばります。
あっという間に 古仁屋の港に到着。
古仁屋港の 海の駅や 物産のお店によりながら
おみやげを買いあさる。
天野さんご夫妻 おすすめのお塩や かけろまキビ酢。
黒糖のお菓子や もずく などなど。
それから また
名瀬にむかう 山の道。
にいちゃんに 電話をして 今夜のまちあわせ 確認をする。
トンネル やまやま とおくにみえる川。
一度とおっているので なんだか なつかしい。
車の中ですでに
わたしは 加計呂麻に住む…と 宣言していた。
どうやったら 住めるかなあ。
まやさんは あたたかく わたしの妄想を きいてくれる。
いまは 妄想だけど この種類の 妄想は 結構 ほんとうに なる感じの 妄想。
人生の方向が これまで 考えたことがなかった 意外なほうに 開けて
そこから わくわくする 光が さしこんできたような 心持ちに なっていた。
帰り道は まよわずに 宿あづま家さんに到着。
今度は たたみのふたり部屋。
スーパーや お酒やさんで 最後のおみやげを 買いあさり
ダンボールをもらって 荷造りをする。
荷物を 近所のスーパーから おくったかえり
あづま家のおとうさんが 近所の道端で お魚をさばいているところに であった。
ええ声の かっこいい おとうさんだ。
「釣ってきたんですか?」
声をかけたのが きっかけで
おとうさんと いろいろ話がはじまる。
「ここが俺のアジトだー」
お魚をさばいているところの 建物のドアをあけると そこは
世界のいろいろな お面やら民芸品やら あやしげなものが ところせましと飾られ
レコードがたくさんあり
写真やポスターがはられ
アジト!と呼ぶのがふさわしい空間。
「まあ座れ」
そこへ おかあさんが
「どうぞ」
と 干し柿をもってくる。
おとうさんが 本棚から 雑誌を数冊とりだし みせてくれる。
実は このおとうさん
10年前に 奄美大島のいろいろな ところをガイドできた 唯一の人だったらしい。
ヨットでも 有名だったらしい。
たくさんの雑誌に 写真入りで おとうさんが 紹介されていた。
雑誌では アニと描かれている。
「ボクはアニだから アニとよんでくれ」
アニのアジトで アニといる
さっきまで 予測しなかったことが おこる
旅の不思議と わくわく。
いろいろな話を する。
地井武夫さんが 大切なお友だちで なくなっても 携帯の番号を消すことができない
という話が 印象的だった。
ふと壁をみると
わたしが 奄美に来るきっかけになった HABUSのチラシが はってある。
「わたし ここのマスターに 教えてもらって ここにもきたんです!」
すると アニの顔が ひょ!っとなって
「元気にやってるかー。 どうしてるかー」
とびっくりされているよう。
「住所がわかる手紙をくれるよう 伝えておいて!」
奄美で出会う いろいろな人に マスターの話をしたときの みんなの顔や声から
マスターが どんなにあたたかいつながりを 奄美の人たちと つむいでいたのかが 伝わってくる。
なんだか アニの アジトにおいてもらいたくなって
もってきた 自分のCDを あげる。
アニは七十数歳。
ガイドブックにでているような場所は ただ有名なだけ。
こんどきたら秘境を 案内してくれるという。
「アニが元気なうちにまた来な!」
アニのあたたかな 声を背中に
わたしたちは これから
この旅最後の 奄美の 夜の街へ!
*
夜八時に 一村という 居酒屋さんで まちあわせ。
一村は 田中一村という すてきな画家の 名前からきている。
彼の絵は わたしが大好きな バリの絵にどこか 通じるものがあって とても好き。
時間があれば 美術館にいきたかったのだが また今度だ。
居酒屋の一村は こぢんまりしていて 落ち着く空間。
4人…というと お座敷に2人ですわっていた おっちゃんたちが 席をゆずってくれて お座敷にすわる。
じきに にいちゃんとそのおともだちが やってくる
初めて にいちゃんに会ったときに 仙台時代の先輩のひとりに 似ているなあ…とおもったら
その幼馴染という人は もうひとりの先輩に そっくりだった。
ふたりとも 背格好の雰囲気も なんとなくにているし
話す内容やテンポ ふたりの関係… どれもこれも にているのだ。
なんだこのデジャブ感は。
にいちゃんはKさん 手相見のお友達はJさん。
ふたりは ここから 車で30分くらいのところにある 集落で幼馴染同士だったとう。
ビールをのみながら 自己紹介をして
冗談いいながら 笑いながら はなす。
この感覚
ほんとに なつかしい。
学生時代の サークルの 感覚。
気遣いの仕方や 冗談いいながら こちらの内面に ずんずん入ってくる 距離感。
ひさしぶりだ。
あのころ みんなで しょっちゅう 飲んでた。
みんなで朝まで飲んで 大学のある丘の 木に登って 朝陽をみたっけ。
青春の記憶が よみがえってくる…。
この仙台時代を彷彿とさせる 面子もきっと なにか意味があるのだろうな
そう おもいながら 話をする。
学生時代のわたしにはあって 大阪にきてから 失ったものに おもいをはせる。
とりもどさなくちゃ
そうおもう。
大阪の 生活の中で
身体のまわりに 少しずつ つけてきた つけざるおえなかった
大阪専用の よろいのようなものを
ぬいでこわして やっていかなくちゃ。
そう おもいながら 黒糖焼酎をのむ。
いつのまにか となりのテーブルに すわっていた
愛知からきた T夫妻も仲間にはいっている。
彼らは 豊田勇三さんのファンで、 勇三さんの「一村」という曲が あることから この居酒屋「一村」に きたのだという。
わたしが ライブやバイトで お世話になっている 高槻の「南風楽天」にも 勇三さんがときどきこられるので
きいてみると 南風楽天をしっているという。
なんという 偶然!
わたしたちは 6人という 大所帯になって
旅の一番最初に ユタ神様のことで お世話になった
すてきバーへ ゆくことにする。
ビールに 黒糖焼酎
たくさん のんで ほろ酔いで
土曜日の 夜おそく
バーは こんでいたものの
なんとか 入ることができた。
ここで Jさんに 手相をみてもらう。
ひとことでいうと
「人を刺さなければ しあわせな人生を 歩める。」笑
とのこと。
人を刺さなければ
というのは
感情の激しさが あるからだという。
大丈夫 刺さないよ。
パートナーは いまの旦那で 大丈夫。
でも いまのパートナーといても もしも別れたとしても どちらにしろ しあわせにやっていける。
まわりの人に 愛され助けられる。
仕事はいくつかやっている感じだが うまくいく。
うそがつけない。
人を信用しすぎて 裏切られないように。 信用して 傷つきやすい。
ただ 顔相から
どこかに 恐れがあると
自分の個性をだすことを おそれているところがある
それは 小さい頃からの癖。
「自分らしく生きなー」
と いわれると ぐっとくる。
この旅の はじめに ユタ神様から いわれたこと
まやさんと 語り合ったこと
島との出会い すてきな ひとたちとの 出会い
いろいろな ところから もらった メッセージを
コンパクトに
「自分らしく生きなよー」で
まとめられたような 感じが したのだ。
もりあがるみんなから そっとぬけだし
バーのカウンターで 旅の報告と お礼を マスターにする。
感謝でいっぱいだが 伝えきれない。
真夜中をすぎ お店をでる。
Kにいさんが 「カラオケいこう!」と いいだして
なぜか カラオケにいくことになる。
奄美に 旅にきて なぜだか カラオケ!
おもしろい。
カラオケでは どんなに しっとりとしたうたも
「イーヤーサッサ!」と 盛り上げてしまう
というのが はやる。
指笛 上手になりたい。
わけがわからなくて 可笑しい。
Jさんは 集落の 旧暦8月15日の 六調というおまつりで 太鼓をたたいているのだという。
うたっておどって 飲むおまつり
いってみたいなあ。
気がつけば 朝の4時
まずは すぐそこの駐車場に とめてある
Jさんの車まで Jさんをおくる。
Jさんは 「さみしいなあ」と いいだす。
おふたりとも ほんとに 仲間が好きで 大切に しあっている 感じがする
やっぱり
酒飲みは さみしがりやだ。
さみしがる Jさんを 車にねかせて
それから Kさんが
わたしたちを 宿まで おくってくれて
静かに
おやすみー ありがとうー
と よっぱらったまま お別れする。
馴染み深い わけの わからなさ。
部屋にかえって おふとんしいて
わたしたちは すぐに 布団ワールドへ。
真っ暗な 中で 心の 奥深くにある
さみしさ
について おもう。
わたしにとっては なじみ深い さみしさ。
むかしは よく ふれていたけれど
久しぶりに しっかりと それに 触れた。
でも それは さみしさというよりも そういうものであって。
横のつながりは あたりまえに きれているものであって。
たてで つながっていれば
たてで つながっていることに きがつくことができれば
それは とても 強烈な つながりの感覚で
このさみしさは まぼろしだって
そう みえてくるように 感じた。
きょうも いろいろな
メッセージを いただいた。
ありがとう。
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