へそおもい

2013年04月01日(月) 奄美大島の旅1

奄美大島の旅が
あまりにも
あまりにも
心に残って

自分の人生にとって
とても大切な旅になったので

記録のために
まいにち少しずつ
旅日記をかいていくことにきめた。

次の土曜日から
祝島にゆくので
それまでに
かけますように。


***


そもそも
なぜ奄美大島かというと
きっかけは
“鶏飯がたべたかった”
というところがおおきい。

月一回ほど
仕事がらみで奈良にいくときに
お昼をたべにいくHABUSという鶏飯屋さんがあった。

鶏飯というのは、
奄美のおもてなし料理だそうで、
ご飯の上に鶏とか錦糸卵とか
パパイヤの漬物とかのりとか…
いろいろな具をのせて
みかんの皮で風味付けして
鶏がらのスープをかけて
お茶漬けみたいにして
いただくお料理だ。

それはそれは
なんともいえない
おいしさで

お店の中も
とてもゆったりとした
時間がながれていて

奈良にいく度にお店に通うようになった。

そうして
少しずつマスターとお話するようになり
奄美大島のいろいろな話をきくうちに
だんだんと奄美大島に興味がわいてきたのだ。

ところが
昨年の12月のこと
突然お店が閉店することになったのだ。


あの
ぽかぽかとゆるい時間をすごす場所が
なくなってしまう!
もうあの鶏飯がたべられないのか!

そうおもうと
胸にぽっかりと
鶏のカタチの穴があきそうなほどの
喪失感におそわれた。


そうだ
いまが奄美に行くときかもしれない。


そう決心をして
わたしは衝動的に
春の奄美行きの飛行機を
とったのだ。




【3月26日】

午前中に伊丹を発つ飛行機にのる。

前日は朝方4時近くまで
仕事を片付けたり
相棒宛の手紙を書いたり
旅の準備をしたりしていたので

かなり寝不足のはずなのだが
旅の前で妙にコーフンしている。


見送りにきてくれた相棒と別れ
搭乗口に向かう。

搭乗口のフロアで水をかって
お釣りをお財布に入れながら
歩いていたら

突然「ごーん!」という激しい音がして
頭に衝撃がはしる。

何の音!?何が起こったの!?

一瞬わけがわからなかったが

よくみると
柱と柱の間にわたしてある
鉄の太い棒に気がつかず
おもいきり頭をぶつけたらしい。


左のでこがみるみるあつく
ふくらんできて痛い。


飛行機に乗ったら
気圧がかわるから
ぶつかったあたりの
血管がバクハツして
どうにかなってしまったら
どうしよう…

などという不安もよぎったが
まあ意識はあるし
大丈夫か…と
気を取り直し

でこを気にしながら
飛行機にのる。

3人掛けの通路側
右は50代くらいの
ご夫婦だ。

ご夫婦は
なにかしゃべっては
ふたりで笑い
しゃべっては
ふたりで笑い


こんな仲良しの熟年夫婦が
いるのか…とおもうくらい
あたたかなラブラブオーラを
だしているおふたりだった。


しかし
わたしは
それにあたたまっている
どころではない。


おでこをぶつけたことによって
旅のテンションも急降下だ。


買ったばかりの水をおでこにあてると
すこし痛みがましになるので
顔をあげて目を閉じて
でこを冷やす。

突然
「お具合がわるいのですか?」
という声がきこえて

目をあけると
色白丸顔美人の客室乗務員の顔があった。

「ぶつけてたんこぶできちゃって…」

というと
色白丸顔美人は

「ちょっとおまちくださいねー」

と、さささっと
冷やしグッズをもってきてくれた。

彼女は天使に違いない。

その冷やしグッズが
やたらと冷たくて
とてもきもちがいい。

しばらく
でこにあてていると
すーっと痛みと熱がひいてきた。


色白丸顔美人天使の
おかげで
随分と楽になってくると

また旅テンションが
あがりはじめ

地図をみる
余裕もでてくる。


地図をながめていたら
となりの奥さんの方が
突然

「わたしら、ここに住んでるんよー」と
地図を指さす。

加計呂麻島だ。

「わたし、後半加計呂麻いきますよ!」


「ほんとう!うちにお茶のみにきたらいいんよー」
奥さんがそういうと
「わし舟だすよ。釣りにつれてってやる」
と旦那さん。


おふたりは
大阪から移住して9年目。


旦那さんが海が好きで
奥さんのおばあちゃん?が
奄美大島出身というご縁もあって

定年前に仕事をやめて
移住したらしい。


今回は
大阪のお孫さんの
卒園式に参加するために
大阪に来ていたのだそうだ。

地図をみながら
話をする。

「ここの浜、わたし一番好き!きれいよー」
「ここはね、くじらがみれることもあるんよ!」
「ここもねーきれいよー」
「うちの集落はね、9軒しかないの…」
「一回マグロがあがったことがあるんよ!」
「朝散歩して、朝ご飯食べて
 釣りにいくか、畑仕事して、お昼食べて
 午後はなーんもせんで…」
「野菜と魚は自分たちでとれるから充分。
 週に一回、古仁屋(大島側の港町)にでて、
 お米とね、調味料とかね買いにいくねん」
「加計呂麻にいたら、なーんもないからね
 お金つかわんよー。でもなーんもないから。
 海と自然はあるよー」


…話をききながら
加計呂麻の生活に想いを馳せる。

わたしもいつか
そんな場所にすみたいなあと
おもう。


「加計呂麻でね、シーカヤックするんです。」とわたし。
「どこで?」
「リトルライフっていうシーカヤックつれてってくれるとこがあって」
「天野さんとこじゃない?」
「あ、そうです!」
「天野さんしってるよー!すっごくいいご夫婦よー」
「ご存じなんですか?」
「うん、会ったことあるよー。
 天野さんだったらきっといいわー。
 およぐ姿がすっごく格好いいっていう噂よー。
 ほんとにいい人たちよー。」

これから出会う人のことを
知っているなんて
なんだか偶然のご縁ではない気がして
わくわくしてくる。


なんやかんや話しているうちに
お昼12時
飛行機は奄美空港へ。

飛行機をおりると
くもり空。


おもったよりも
涼しく
薄い長袖1枚じゃ
ちょっとひんやりするくらいだ。


奄美空港は
小さくて活気のある空港だった。

空港から
わたしが今夜宿泊する
奄美の中心地名瀬まで
送ってくれるというお言葉に甘えて
ほかほかご夫婦と一緒に移動することになった。


途中
おふたりが毎回食べにいくという
どこかの集落のホテルのランチに
つれていってくれる。

車をおりると
海がすぐそこにみえる。
ホテルといっても
リゾート感があまりなく
素朴なあたたかみのある
集会場のようなイメージ。

マリンブルーのじゅうたんが
一面に敷かれた館内の奥

ひろびろと空間をつかった
海のみえる食堂で
600円のランチをいただく。


それが
600円とはおもえない。

ぶあつく新鮮なおさしみ
魚のだしのきいたお味噌汁
茶碗蒸し
野菜のたっぷりはいったホワイトシチュー
ポテトフライとお魚のフライ
野菜サラダ
わかめときゅうりとしらすの酢の物
ドリンクバー。


「やすいでしょー。ここみつけたんよー」
「この値段で、これ、おいしいですねえ!」
「おいしいならよかった〜」


そこから

ほかほかご夫婦のお買いものに
スーパーによったり、
路上のお花屋さんによったり。


住んでいる人の
お買い物につきあうのって
ちょっとうれしい。

ご夫婦は
お花が好きなようで
黄色オレンジのかわいいお花を
たくさん買っていた。

そうして
二時頃に名瀬に到着。


「加計呂麻にきたら
うちにあそびにきたらいいから!」

家の場所をおそわって
ほかほかご夫婦と別れ
今夜の宿「あづま家」さんに入る。


今回の旅の宿は
HABUSのマスターに
教えていただいた。


お母さんとお父さんがやっている
気楽なお宿だ。

部屋はベッドがひとつと
机といすとテレビだけ。
シンプルで充分だ。


部屋に入ると
急に疲れがでたようで
30分ほどベッドで
気を失う。


さて
少し眠ると
元気回復したので

名瀬の町を
さんぽすることにする。


すぐ近くにあった
高千穂神社にご挨拶してから
シーカヤックでつかうひもつき帽子を
探し求めて商店街をあるく。

小さな商店街
桶屋さん文具屋さん洋服屋さん
手芸やさんパン屋さん
楽器やさん
洋服お直しやさん
お土産屋さん
お酒屋さん…

結局
裁縫セットとゴムと帽子を買って
ゴム紐を自分でつけることにした。


町では
やたらと猫に出会う。

白黒のぶち
茶トラ

顔がハートもようのやつ…
いろんな猫がいるが
みんな
都会の猫とちがって
なんだかおっとりしている。

奄美は猫も
ゆっくりなのか。



奄美猫



一息つくために
自家焙煎のアラジンという
喫茶店で珈琲をのむ。

移住初心者と
移住プロが
ふたりで会話しているようだ。

「ここでは一回信頼失うともう
 絶対住めないから!
 まあ、がんばって
 なんかあったら相談していいから…」

移住初心者らしいは
結構厳しいことを
いわれている。


住むにも
いろいろあるんだろうなあ。

さっきの
ほかほかご夫婦は
村の人たちと
つながりあって
うまくやっていくことが
できていたみたいだった。


お葬式も集落みんなでおこなうし
名字が同じ人が多いから
下の名前でみんな呼びあっていて
みんな家族みたいだと言っていた。


アラジンをでて
また町をふらつき
宿に戻る。

宿のお母さんが

「お風呂10時くらいまでだから
 食べに行く前にはいったらいい」

というので
先に風呂に入って
帽子にゴムを縫いつけたら
夜の町にくりだすことにする。


居酒屋が集まる
屋仁川通りを
ふらついていると

火曜日2時間飲み放題777円!
という島料理の居酒屋をみつける。

よし!ここだ!


はいってみると
カウンターがいっぱいで

女性ひとりでも大丈夫…という
お店を紹介される。

紹介されたお店にゆくと
さっきの居酒屋とは全然キャラが違う
創作料理の上品な店…

どうしようかと迷ったが
これもご縁…と入ってみることにした。

私以外おきゃくは
ひと組だけで
わたしは
カウンターで一人飲み

カウンターの中の
ドリンク担当の若者と話す。

彼は島で生まれ育ち
高卒後東京に住み
また島に戻ってきたという。

「この島だからっていうより
 家族がいるから帰ってきました」

ビールと
黒糖焼酎。

燻製の卵が
やたらとおいしい。


加計呂麻の話になり
シーカヤックの話になる。

「天野さんしってますよ!
 4年くらい前に一緒に海にいったことあるんですけど
 めちゃめちゃカッコイイです!
 ジャックマイヨールみたいです。
 5分くらい息とめられるとおもいますよ!」

彼の天野さんへの敬意が
輝く表情と
言葉のはしばしから伝わって来る。

天野さん…いったいどんな人だろうか。
ほかほかご夫婦といい
この若者といい
みんなすごい人だという
そんな人は
どんな人なのだろう?



黒糖焼酎を2杯のんだところで
次のお店へゆく。

HABUSのマスターのお友だちが
やっているというバー。

なにかあったら
彼に相談したらいい…と
おしえてもらった。


地図をみながらゆく。

白い壁で緑の植物が並ぶ入り口
ここだ。

青い扉をはいると
木の香りのする店内。

大きなカウンターにすわって
なんだかほっと安心する。

サーファーだというマスターは
ファッションはサーファーっぽいのだが
どこかお坊さんのような雰囲気をもっている。

どっしりと
奥に静かな空間があるような。

下関出身で
数年前HABUSのマスターと
一緒に働いていた仲間だそうだ。

HABUSのマスターが
いいやつだから…といっていたのが
よくわかる。

キューバのミントたっぷりのカクテルを
黒糖焼酎でつくってもらう。

おいしくて
なんだか
あんしんする。

ぽつぽつと
お客さんが
増えてくる中で

マスターに
まず
わたしのことを話す。

HABUSのマスターの鶏飯が
やたらおいしかったこと。

わたしの仕事は心理職で
音楽もやっているということ。

心理の仕事は
闇をあつかう仕事だから
ということもあって

心理仲間とともに
2005年くらいから
沖縄バリメキシコペルーインド…など
シャーマンをめぐる旅を
してきたということ。


今回は個人の旅で
わざわざシャーマンに会うことを
目的としていなかったが

生活や人生に
なんとかしたい葛藤を感じていて
出発前日に
ユタ神様にあいたくなって
HABUSのマスターに相談したこと…。


それから
ここのマスターに
ユタ神様のことを
おしえてもらう。


紹介していただいたのは
男性のユタ神様。


ご高齢で
体調が不安定だから
電話をかけて
予約するように
いわれる。

持ち物は
塩と
30度の黒糖焼酎の2合瓶と
封筒にいれた3000円。


マスター「神様もね、いろいろ得意分野があってね」

奄美ではユタ神様のことを“神様”というのだ。

わたし「この神様は何が得意なんですか?」

マスター「“いのち”かな…。」


“いのち”ってどういう意味?とおもったが
なぜか質問はしなかった。

生死というだけではない気がしたし
まずは会ってみようと思った。

マスターは2、3回お会いしたことがあるという。
お店を開店する時にも相談したそうだ。


ユタ神様は名瀬に住んでいて
わたしは明後日から
2泊加計呂麻島に移動してしまうので

会うとすれば明日か明後日の午前中だ。

明日の朝
ユタ神様に電話をしてみよう。


平日だというのに
夜が更けるにつれて
お店が混んでくる。

カウンターもいっぱいいっぱいになり
おとなりにすわったにいちゃんと
いろいろ話す。


にいちゃんは
わたしが学生の頃の先輩に似ていて
なんとなくなつかしく話しやすい。

いろいろ話ているうちに
手相をみれるというので
みてもらう。

「ボクの幼馴染がすごく手相みれるやつで
 そいつと一緒にいたからみれるようになっただけで
 わかんないとこもいっぱいあるよ」

「いいですよ。わかる範囲で」

「悪いこともいってしまうけどいいですか」

「いいですよ」

まず悪いことから、

性格きつい。はっきりしてる。
 バリで手相みてもらったときも
 好き嫌いがはっきりしてるといわれたのを
 思い出す。
霊感と金銭は線がおなじで
霊感はあるけど金銭が弱い。

次はいいこと。
少なくとも70歳までは生きる
夢にむかって進んでる。


「あーでも、わかんないとこがある。
 幼馴染だったらなあーわかるんだけど」

そのにいちゃんは
わたしよりほんの少し年上の同世代。
名瀬からちょっと離れた集落で育ったそうで
そこの学校は小中あわせて20人?くらい。

幼馴染みというと
もう生まれた時からしっている
兄弟みたいなもんなのだそうだ。

みんな都会にでたり
それぞれの生活があって
今はバラバラだが
にいちゃんが幹事をして
毎年同窓会をしているらしい。

その手相をみれる幼馴染も
その仲間で
すごくあたたかく
いい人なのだという。

「その人に会ってみたいなあ。
 わたし、最後の日に名瀬でとまるよ」

彼は育った集落に住んでるから
こちらに来ることはなかなかないそうだ。

でも、
その日なら土曜日なので
呼べるかもしれないと。

わたしも旅のスケジュールが
どうなるかわからないので

金曜日までに連絡をとりあって
うまくタイミングがあえば
飲みにいこうということになる。


気がつけば2時過ぎ。


黒糖焼酎のモヒートや
黒糖焼酎を何杯ものんで
席をたつのが面倒くさくなっている。

でも
時計が
2:22とゾロ目になったので
よいしょとたちあがり
マスターにお礼をいって
お店を後にした。


帰り道

にいちゃんが
「“自分”というものはめんどうくさい」

といっていた言葉が
奄美のしめった空に
しばらく浮かんでいた。

そう
めんどうくさい。

だから
からっぽになりたくて
ユタ神様に
あいたいと
おもったのかもしれない。



明日は
一足おくれて
大阪から友だちがやってくる。


ユタ神様に電話をすること
そして
お昼までに空港に
友だちを迎えにゆくこと

それができれば
上等だ。


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はたさとみ [MAIL]

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