沢をのぼっていった。
あまりに美しくて なにも考えず 沢をのぼった。
苔むした大きな岩 やさしい山紫陽花 谷をすべる涼しい風
流れは 白い砂の上を曲線を描き 岩をまるく削って流れ落ち がれきを運び 倒木をくぐり
どこまでも どこまでも。
水の音以外 きこえない だれも いない。
オレンジ色の午後の光が 葉っぱの模様の影をつくる。
とおくに 美しい滝がみえる。
二段に連なった滝。
おもわず 近づいてみる。
落ちる水の線と オレンジの光の模様。
手をいれると 水がはねて 顔やお腹に かかる。
きもちがよくて なんて 美しいのだろうと おもう。
おちる水のそばにいて もうずっと ここにいたいとおもう。
「なんか かえりたくなくなってきた」
そういいながら 滝のそばにいる。
陽はかたむき 山をおりなければ いけない。
そこで わたしたちは 突然 正気に戻る。
もう 予定では 山をおりている時間だということ
おりているはずの時間よりも 1時間もたっているのに 沢を登っているということ
そもそも 沢を下るので 登るはずはないということ。
方位磁石と地図をみて 随分と 正反対の道を あるいてきてしまったということに
気がついて ぞっとする。
山の日暮れははやい。
真っ暗になる前に もとの道に 戻らなければ。
はしるようにして 来た道をかえる。
いそいでいそいで 随分とのぼってきたことに 気がつく。
ケモノの糞のにおいがする。 雲が太陽をかくす。 冷たい風がふく。
はしってはしって もときた道まで戻ったら
さっきはみつからなかった もうひとつの道が みえた。
方角も山のカタチも あっている。
これが 山をくだる道。
これで おうちに かえれそうだ。
すこしだけ ほっとする。
ふりかえると ケモノのにおいのする ほそいほそい沢の道。
木々の上の方で つくつくぼうしが 一斉に響きあう。
あの 美しい滝は いったい なんだったんだろう。
地図にない道の先に こっそりあった 美しい滝。
 やさしかった

岩の上に石をつむ
 山をおりてほっとして みあげた空
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