空色の明日
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2010年06月02日(水) 食道癌という病気

私の血族で癌で亡くなった人がいないので
「うちは癌家系じゃないね」なんて話していました。

実はそれは大きな間違いで
単に癌になる前に他の病気にかかって
若くに亡くなっていたというだけのことでした。

老衰で亡くなる人の率がどのくらいかしりませんが
大抵は何かの病気が死因になります。
癌にかかる人は2人に1人という現代。
2人いる親の1人が癌になるのも当たり前といえば
当たり前だったのかもしれません。

けれどそんな誤解が
父が昨年秋ごろからなんとなく
食事が通りにくいとか息が切れると
感じ始めたときに病院で「喘息」と診断されても
疑わなかった原因だったのかもしれません。

食道癌という病気は胃カメラでも発見することは
非常に困難な病気だということも後から知りました。
レントゲンでも胃カメラでもまったく異常なしと診断され
喘息といわれればそうだと思うしかなかったかもしれません。


けれど3月に入りあまりに呼吸ができなくなり
春分の日の連休に「これはとても家で見ていられない」と
母が近くの市民病院の夜間救急に連れて行きました。
連休の救急窓口は普段とても混雑しているものですが
その時に限って誰も患者がおらず
比較的余裕があったことが幸いし
はじめはやはり喘息だろうといわれたのですが
その時の看護士の方が「これは絶対喘息じゃない」と
言い切ってくださったおかげであらゆる検査をしてもらい
最後にCTをとった時、初めて食道に大きな腫瘍があり
それが気管を圧迫していたのだということが判明しました。

そこからさらに市内で最も設備の整った病院に
移送され緊急入院しましたが
連休のため癌かどうかの検査ができぬままに3日。
その間に気管はさらに細くなり呼吸困難が続くため
癌の細胞検査も診断もできないまま
口からの挿官によって人工呼吸器がつけられました。

ここから大きく運命が変わっていくことになるとは
思いもしないままあっという間に挿官の処置が終わりました。


安藤みかげ