空色の明日
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この頃映画をみてなかったのでビデオを借りてきました。 「カッコーの巣の上で」です。 名作っちゅーやつですな。 ずっと借りかけて他に浮気して何度も棚に戻された作品でしたが 75年の作品だけあってジャック・ニコルソンてば若っ!!!!!! っていうか私は彼の作品を見たことがないのであのスーパー濃厚フェイスで 食わず嫌いしてたんですが、彼が名優と言われる意味がわかった気がします。
精神病院の話なんですが、精神病の役をするとその役者の表情の全てが みられるなぁといつも思うのです。 私がブラピ好きになったのも「12モンキーズ」のクレイジーな役を見た時だし この「カッコーの巣の上で」にも出てるジョン・マルコビッチなんか しょっちゅうそういう役ですね。 ジム・キャリーしかりスティーブ・ブシェミしかり、いわゆる「イカレ役」が 好きなんだと思う。 笑った顔、怒った顔、考える顔。 変幻自在に瞬時に切り換えられる表情をなんだか「見所満載」って思って 得した気分になるからでしょうね(笑)
まぁ、それはいいとしてこの映画はどうだったかという話ですが、 よく暇な人向けに「自分に向けた質問集」みたいな本がありますね。 「○○な時、あなたはどうしますか?」みたいな質問ばっかりの本。 ああいうかんじで、15分おきぐらいに次々問題提起される映画でした。 その問題というのがどれも「答えのない問題」で、つまりそれは 最終的に「正しい答えというものはどのような場合にも存在しない」 というようなことに繋がるのではないかと私は思いました。
例えばAさんからみて「元気すぎる困った人」もBさんにしてみれば 「自分をリードしてくれる行動派の人」に映るわけで、受け手側によって どんな答えも正しくなったり間違いになったりすると。
極端に言えば殺人だって理由があってやるわけで、殺した人にとって見れば 「そうするしかなかった」からやるケースが多いですね。 まぁ、中には趣味でやっちゃう人もいますが、それはそれでやった本人は 何かを満たしたくてやったわけで一応に理由があると思うのです。 一人でも正しいと思う人がいたらその物事はこの世に「正しいこと」として 存在してしまうものなのだと。
だから物事を1方向からしか見ないのはとてもとても危険なことですね。 でも多方向から見すぎたらいちいちその度に自分でどの方向から見たことを 自分自身で受けとめるかセレクトしなければならない。 それが面倒でついつい1方向から見がちになってしまいます。
聖徳太子は一度に何人もの話を聞けたという有名な話がありますが あれっていうのは実は実際に聞くと言うことを言っているのではなく いろんな人の意見を一度に採り入れられるだけの広い視野を持っていた と言うことではないのかと、ふと思いました。 ジャック・ニコルソンから聖徳太子を思う私って・・・(笑)
安藤みかげ
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