空色の明日
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「ホタルの墓」について日記仲間が次々と話題にされていましたが 私はあの映画が怖いので(「はだしのゲン」以来あのテは苦手) 1回しかみていません。
で「おばさん」についてみなさん書かれていましたが、自分が 食うに困る状態でどこまで自分を削って周りに気を配れるか ということに関して思い出があります。
それは震災の時。 「ない」という状況は本性が剥き出しになる場面です。 幸運にも私は家がありましたので、避難所での殺伐とした状況は 逃れられましたが、それでも多少のそういった場面に遭遇しています。
そんな中、家の損壊レベルの判定が終わり、見舞金の申請が 始まった時のことです。 我が家は運良く一部損壊でした。 といっても下水管が壊れたので掘り返して工事しなおさなければ ならなかったのですが、同じ職場のある女の子の家は壁が割れて 隣の灯りが漏れて来るほどの半壊でした。 それでもその子は 「でももっとひどい状態の人は大勢いますから家はあれでも 住めますし申請しなくていいです」と言うのです。
「え?」 正直に言います。私はくれるという物はもらいますよ。 もちろん、向こうがくれると言わなければ「くれよ!」と 請求するほどの気持ちはありません。 でもくれるというならもらいます。 それが私の本性です。 だから彼女のその一言を聞いて「この人には頭が上がらない」と 思いました。
美輪さんの言葉を借りれば、この人はきっと私よりも何度も 生まれ変わって徳を積んでるんだろうな。 あの「おばさん」がこういう人ならあの兄妹もあの親戚の家を 出ることはなかったと思う。 だから私がもし、あのおばさんの状況ならやっぱり受け入れられなかったろう。 少なくとも上記のエピソードに出会うまでは絶対無理だった。
あと何回生まれ変わったらこんなに欲深い本性を洗い流せるだろうか。
安藤みかげ
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