空色の明日
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私が「嫌いな人」は本当に少ない。 もちろん「好きでない人」はたくさんいる。 でも「嫌い」になるのはとても難しい。 なぜなら自分が「人に好かれる人」とは思っていないから。 弱点がいっぱいある。 物事の好みが偏っていてはっきりしすぎる。 協調性がない。 誰だってはじめは「なんだこいつは」と思うらしい。 そう思われても付き合ううちに相手はだんだんその意味を わかってくれる。 「単に好みや主張が白黒はっきりしてるだけなんだ」と。 わかってもらうのには多少時間がかかる。 それでも分かってくれる人がちゃんといる。
初めて会っただけでは人はわからないものだと身をもって 感じているからどんなに第1印象が悪い人でも、きっと どこかにいい面があるはずだと探してしまうのです。 そしてみつけてしまうと、その人を嫌いにはなれないのです。 悪い面があるとその裏には逆の長所が隠れているものだから。
昨日書いた私をいじめた子。 かおるちゃんという。 でもかおるちゃんが私より先に引っ越した時、私はひとつの 思い出の為に泣いた。 それは彼女が引っ越す少し前。 私をいじめていた彼女とクラスが別々になった。 その時私はどうしても苦手な事があった。 それはドッジボール。 ボールが怖くて受けとめられなかったのです。 かおるちゃんは学年でも一番ドッジボールが上手かった。 そのことやいじめの事を知っていた母があえて 「かおるちゃんにボールの受け方教えてもらったら?」と 言いました。 私もこのままはなんとなく嫌だったので勇気を出して かおるちゃんの家を訪ねました。 かおるちゃんは不思議そうな恥ずかしそうなちょっと照れた ような仏頂面で「いいよ」と言いました。
家の前の広場で特訓が始まりました。 「胸で抱える様にうけるんだよ」と何度も何度も彼女は 私にボールを投げてきました。 初めはゆっくり、そのうち段々強く。 そのうち彼女の顔が変わってきました。 それは私への悔しさ。 公文を習っても何をしてもどうしても私に勝てないという 悔しさをボールに思いっきりこめて投げてきているのです。 そしてとうとう、私がどんな強いボールも受けられる様に なった時、彼女の悔しさも燃え尽きたようでした。 それから彼女の私へのキツイ視線はなくなりました。 「ありがとう」といってその日彼女と別れて、それから 学校でも話をする事はなかったけれど、引越しの日に 私が彼女に会いに行ったら寂しいような申し訳ないような なんとも言えない表情で彼女は「さよなら」と言いました。 だから私は彼女の事を今でもずっと覚えています。 そして嫌いになれない人なのです。
安藤みかげ
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