紫
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「本能寺の変」で主君である織田信長を討った明智光秀が、岡山の高松城から引き上げてきた羽柴秀吉と戦った山「天王山(てんのうざん)」に、登ってきました。
いわゆるこの「山崎の戦い」で秀吉に敗退した光秀は、京都市伏見区の小栗栖(おぐりす)で、落ち武者狩りに殺されてしまったそうです。
それでも、戦死者数では勝利した秀吉の軍の犠牲のほうが多かったという史実は、光秀の統率力の高さの現れなのでしょう。
天王山。
270.4メートルの山頂は、今はハイキングコースとしていろんなルートが開かれています。
この山道をどんな思いで光秀は逃げていったのでしょう。
光秀は、ホントに天下ととるために、信長を殺したのでしょうか。
きょう、登った天王山に彼らの生きた戦乱の世は、もうどこにも姿をとどめていませんでした。
おやすみ。
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