やさぐれ日記
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| 2004年10月30日(土) |
黄昏の秋すっ飛ばして冬支度。。 |
10月下旬になり、いきなり寒くなりました。 コートとヒーターは11月までは我慢・・・と寒がり選手権チャンピオンの割には頑張っていたのですが。 ・・・11月を待たずにどちらにも登場願いました。。。。 お布団も・・・毛布かけたいけど、どうしよう・・・
被災地にお友達情報。
兵庫のOさんは、少しずつ元気になられているようです。 まだ精神的に少し不安定な状態なようですが、Oさんに以前の笑顔が戻ってこられることをお待ちしています。
新潟ののぶさんからは、数時間前に電話がありました。 とりあえずはのぶさんの周辺は被害が比較的に少なかったようで、お勤めの小学校も月曜日から再開されるそうです。 給食の配給が行えないので(給食センターが長岡で、そこからのぶさんとこの小学校までは搬送出来ない状態)自給自足ちっくな給食になると聞きました。 被災当日は電気も落ちたそうなんですが、自家発電機などを持ち寄ったりなんだりで、避難所には灯りがともっていたそうです。
何はともあれ、ご本人の声を直に聞けて、元気そうで、それが分かっただけでもヒジョーに嬉しかったです。
あと、職場で仲の良かったアルバイトの女の子の実家が十日市で。 彼女は地震の2日後から実家へ帰郷していました。 長野周りで新潟に入り、実家まで行ったそうです。
なお、彼女の弟くんは地震当日新潟市におり、発生時は車で新潟市から十日市まで帰宅中に小千谷で地震に遭ったそうです。 道は完全にふさがれてしまったので車で帰宅は無理ということで、歩いて帰ろうとも思ったそうですが、近くに住んでいた方が自転車を提供してくれ、小千谷から十日市まで、5時間かけて自転車で帰ってきたそうです。
ご実家の方は外観は大丈夫だったものの、中はやはりぐちゃぐちゃになっていたそうです。 片づけをして帰ってきたそうですが、来週またしばらく実家に帰る、と言っていました。
ちなみに驚愕の事実として、1回目の地震が起きた翌日朝。 ・・朝刊は配達されてきた−−そうです。。
でもその朝刊のおかげで、新聞は長野方面から届けられるために配達可能であることを新聞配達の人から聞き出し、長野からのルートは遮断されていないことを知ったそうです。
そんなこんなで、何だかいろいろあった1週間でしたが。 私にできることとして、義援金募金に協力をしようと思う今日この頃でございます。
そして職場でもプライベートでも怒濤のうちに−−−
今月付けでお仕事終了となりました。 お疲れ、自分(失笑)
職場はほんと、最後の一月で「これでもかーー!!」と言うくらい仕事を押しつけてくださいました・・ええ、もうほんとに。 私の代わり要員として入ってきた新人のこを、マンツーマンで研修しましたんで(それこそ自分の本来の仕事を後回しにしてまで)。 彼女が無事、一人前にオペレーターになってくれることを祈るばかりです(笑)。
・・・ってかさ、あたしただの派遣社員で、SVとかでもなんでもないただのオペレータなのにさ。 あたしに新人を研修されること自体、なにか違ってないか?(苦笑)−−などと思ってはみましたが。 自分で言うのもなんですが、SVの次に仕事知ってるのが私になってしまっていたので、仕方がないと言えば仕方がないんですけどね・・
まあ、最終日はお花やお餞別などをいただき。 送迎会では飲んで歌って終電なくなり帰れなくなり(失笑) 新宿でボーリングして夜明けを待って、始発で帰りました・・・ 朝までボーリング(ぶっ通し4ゲームマッチ/失笑)はなかなかハードでしたよ(失笑) 頑張りすぎて、右手の親指の爪が割れましたよ(苦笑)
それにしても、4ゲームやって100UPが1回しかなかったって・・・私の腕も落ちたなあ(涙) むかしはコンスタントに140UPくらいは出してになあ。。
なんやかんやといろいろあった職場ではありましたが、久々のIT系でのお仕事でしたので、また新しい分野を勉強させていただき知識をいただいたことには感謝! 一部を除けば、職場の方たちも皆、いい人たちばかりでした〜
さーーーて。 長期休暇になりますので、山積みになっている様々なことを片付けていきたく。 ・・まずは、机の上の整理(紙類が山積み状態・・)とメールの返信(・・汗汗)
・・・私信N川さん、京都から帰ったら連絡しますと言っておきながら何も連絡せずに、ほんとに申し訳ありません。。(ぐはーー!!)
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