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2004年06月14日(月) 最後のマウンド〜広島経済大・加藤貴史〜

明治大学・一場靖弘が完全試合を成し遂げたとき
一人の選手が野球人生にピリオドをうった。
広島経済大のエース・加藤貴史だ。

高校は広島の名門・高陽東。
高3夏の大会は進学校の広に4回戦で敗退しており
甲子園出場の夢は叶わず。

広経大入学後、2年から頭角をあらわしはじめ
昨秋は広島六大学リーグの最優秀防御率に輝き
その前の春はベストナインを受賞した実力を持つ。
右サイドからスライダー、2種類のシンカーを操る技巧派。
マウンドにのぼった時に欠かさず6歩分のところにタメを作り
独特の足の上げ方をするのが印象的。
ランナーを出しても決定打は許さない粘りが持ち味だ。
広経大は3年ぶりの出場になるが
3年前、加藤はスタンドにいた。
だから今大会が加藤にとって初の神宮のマウンドであり
全国舞台だった。

全国常連の龍谷大相手に6安打1失点の完投で初戦突破。
明治戦にむけては「自分のピッチングをするだけ」と言い切った。
しかし、歴史的試合を演出してしまった。

広経大はまずは監督が、そして次々と選手がベンチに引き上げてきた。
すすり泣きのもの、嗚咽するもの、淡々と荷物を整理するもの様々だった。
加藤が引き上げてきた頃には既に監督の姿は無かった。
それくらい遅く、完全試合の余韻を残すグランドに残っていた。
奥でスパイクを脱ぎ、帰る準備に取り掛かっていたところを
引き止めた。
“お話、よろしいですか?”
「あ、はい!」目にはたくさんの涙。
たまたま座っていたところが扇風機の真下だったが
加藤はそれに気づき、「うるさいので」と場所を移動してくれた。
そして、時々言葉に詰まりながらも話し始めた。

平日の夕方から始まった龍大戦のときとはうってかわって
今日は大勢の観客でにぎわったこともあり
「お客さんがいっぱいでうらやましい。
僕達のリーグなんて会場は大学のグランドだし
控え部員しか見てませんから」と
まずは観衆の多さに驚いた。
被安打12で5失点の内容については
「もう少し内角をうまく使って投げていれば・・・」
その後は言葉にならなかったが、つづけた。
「みんなでしっかりこの雰囲気を楽しもうと言ってきた。
結果こうなってしまったが、僕は満足です。
小中高と全国経験なくて、こんな良いところで試合できて。
良い試合で投げられて幸せです」

“これからも見ていきたい。秋も投げますよね?”と
聞いたが、返事は意外なものだった。
「いえ。もう秋は投げません。今日が最後なんです、はい」
涙をぐっとこらえたが笑顔で言った。
「野球人生の最後にこんなお客さんいっぱいのところで
終われて幸せです」

最後に、これまで多くの選手に話を聞いてきたが
話を聞きながら、自分まで涙が出そうになったのは初めてだった。
また今日で最後だったということは、どこの記者も知らない。

加藤は静かにユニフォームを脱いだ。


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