「なんだかなあ」
空は晴れ渡り、風は爽やかだと言うのに、それを眺める進藤の表情はどんよりと曇っている。
「なんだ? せっかくの休日が晴れて嬉しく無いのか?」
ぼくは嬉しい。たまっていた洗濯物や部屋の掃除が出来るからと言ったら進藤はうへえという顔になった。
「だってさ、ジュニアの大会は無くなったし、かと言ってこんな状況じゃどこへも遊びに行けないし」
「大会は無くなっていない。オンラインになっただけだろう」
「それでもおれらの出番無いじゃん。つまんねえ」
「キミねぇ」
呆れるほどのワーカホリックだなと言ったら、おまえにだけは言われたく無いと言い返された。
「一緒にするな。ぼくは洗濯や掃除や普段出来ない家事をしたいと言っただろう」
「じゃあそれが終わったら?」
「キミと打ちたいかな」
「ほら!」
鬼の首を取ったように言われて少々むっとする。
「別にキミが打ちたくないなら芦原さんか緒方さんに頼んでもいいけど?」
「は? 冗談! おれ捨てて浮気なんてとんでも無い」
「だったら我慢しろ」
「我慢なあ…」
海に行きたい、山に行きたい、河川敷でぼーっと水切りしたい。
空を仰ぎながら進藤はひたすら嘆き続ける。
「そんなにどこかに行きたいならお弁当でも作ろうか」
「マジ? どこに行く?」
「三丁目の公園。あそこは遊具も無いから人が来ない。ゆっくり日向ぼっこがてらお昼を食べよう」
「じっ…」
じーさん、ばーさんかよとじと目でぼくを見て、でも進藤はすぐににっこりと笑った。
「まあ、それでもいいかな。じゃあさっさと家事終わらせて弁当作って行こうぜ!」
言い出せば早い。
進藤はテキパキと洗濯や片付けをこなして行く。
ぼくは冷蔵庫の中をのぞいて卵とウインナーを取り出した。
(少しおかずは寂しいけれど、おにぎりを増やせば文句無いだろう)
炭水化物の取り過ぎだと、いつもは節制させるけれど、たまの休みなんだからうるさいことは言わないつもりだ。
「掃除機もかけてくれるなら、お弁当は全部ぼくが作るけど?」
「ああ、じゃあ頼む。おまえのが上手だしな」
「よく言う」
実際は進藤の方が料理の腕は上だ。
だし巻きなども上手に作る。でも進藤はそれよりもぼくの作る甘い卵焼きの方がすきなのだと言う。
「おかずは大体出来たけど」
卵焼きにチーズ竹輪、タコの形に切ったウインナー。幼稚園児の弁当のようだが進藤は大喜びした。
「おお! やっぱウインナーはタコじゃないとな!」
「後はおむすびと飲み物か」
「ビール!」
「駄目だ」
途端にしゅんとする。
「じゃあ、ノンアル」
「コーラで我慢しろ」
小さな近所の公園とは言え、人の目が全く無いとは言えない。仮にも棋聖と王座が昼から飲んだくれていたと誤解されてSNSにでもあげられては困ったことになる。
「わかったよ。ちぇっ」
外メシにはビールって法律で決まってるのになとブツブツわけの解らないことを言いながら進藤は小型のクーラーバッグを持って来るとコーラの缶を三本入れた。
「いや、外だと喉渇くかなと思って」
ぼくの視線に気づいて言い訳のように言う。
「…別に三本でも六本でも構わないよ」
「そんなに飲むか!」
「飲むかもしれないだろう。もう日差しは結構強いし、日向だと喉が渇くと思うし」
大体、今更だ。キミが用意している菓子の小袋も三袋じゃないかと声に出さず小さくつぶやく。
「そうだ! 携帯用の碁盤も持って行くか!」
「さっき散々人のことを」
「あー、解った、おれが悪かった! もう二度と野暮なことは言いませんっ!」
「解ればよろしい」
ぼくの知らないだれか。
その人もきっと碁を打つんだろう。
卵焼きは好きだろうか? チーズ竹輪は? タコに切ったウインナーに喜ぶだろうか?
聞きたくて、聞けない。
(でも)
その人の分のおにぎりも握った方がいいだろうなと思ったぼくは、具は梅でも良いだろうかと考えながらきゅっとご飯を三角に握ったのだった。
end
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今頃の五月五日話です。
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