花見に行こう。
お互い忙しくて中々ゆっくりと過ごせない。だからせめて近場で一日のんびりと桜を見ながらお弁当を食べよう。
そう約束していた。
近郊の桜の名所、混みはするが駐車場が無いのでそこまで酷い混雑にはならない。 屋台の類いも出ないそうで、逆にそれが良いと思っていた。
それが…。
「なんで起こさないんだ!」
当日ぼくが目覚めると既に夜になっていた。
「いや、起こしたけど起きなかったから」
そのまま寝かせておいたとにっこりと笑う進藤の顔を殴ってやりたい。
「それでも根性でたたき起こせ。こんな時間になってしまったら花見どころか何も出来ないじゃないか」
疲れていた自覚はある。
昨夜も帰りは遅かった。
だから夜の誘いも手厳しく断ってベッドに入ったというのに。
「わかった! させなかった復讐だな?」
「いやいやいや、おれだって花見するのすごく楽しみにしてたんですけど」
「…そう、だよね」
なのに昏睡したように眠ってすべてぼくが駄目にした。そう思うとあまりにも悔しい。
(泣かないけど…泣きそうだ)
作るのは大変だから行きがけにちょっと良いお弁当を買おう。桜の下でビールを飲んで、そのままのんびり夕方まで過ごそう。
最高に贅沢な休日の過ごし方だと思っていた。
「…台無しにして…ごめん」
進藤は悪くない。眠って起きなかったぼくが悪い。
「いや…って言うかなんでおまえさっきからずっと謝ってんの?」
「だって花見が」
「…今からだって出来るだろ」
近所の公園の夜桜くらいなら見られるかもしれないけれど、それでは思い描いていた『お花見』とあまりにかけ離れすぎている。
「この穴埋めはきっと必ずするから」
「いや、穴埋めるのはおれの役目だから」
「こんな時に下ネタは!」
「まあ兎に角、ごにょごにょ言って無いでリビングに来いよ」
「リビング?」
まあ、いいからいいからと引っ張られて行けば、ソファは端に追いやられ、真ん中に大きな花瓶に生けられた桜の枝が待っていた。
「これ…」
「ちゃんと花屋で買ってきた。そこらの折ってきたわけじゃないからな」
部屋の中なのにレジャーシートが敷いてあって、お重に詰められた立派な花見弁当とビールの缶が並べられている。
「何しろ時間だけはたっぷりあったからな、余裕でセッティング出来たぜ」
何度起こしてもぼくが起きない。なので出かけるのは諦めて家で花見をしようと考えを切り替えたのだと言う。
「万一明日の朝まで起きなかったら間抜けだなとは思ったけど、起きてくれたから無駄にならなくて良かったよ」
取りあえずまあかけつけ三杯と、わけのわからないことを言いながら進藤はさっさとシートの上に座ってぼくに缶ビールを差し出した。
「あ、起き抜けにいきなりだとキツいか」
「いや…大丈夫」
例え大丈夫じゃ無かったとしても大丈夫だと言ったらなんだよそれはと笑われた。
きんきんに冷えたビール。
大きく開け放たれた窓からは涼しい風が吹いてきて、桜の枝から花びらを散らす。
「…お花見だ」
「うん。立派に花見だろ」
にいっと笑う進藤は、ただ、ただ、嬉しそうにぼくを見る。
「今年もおまえと一緒に桜を見られて最高に幸せ」
最高に幸せなのはぼくの方だと言いかけて、思わず涙がこぼれそうになって慌てて上を向く。
「どうした?」
「別に」
下を向くと泣いてしまうから天井を見続けたまま、ぼくは進藤のことが本当に好きだ。好きでたまらないと、かみしめるように思ったのだった。
end
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