「おまえ、一人の時って何やって過ごしてんの?」
ヒカルが尋ねたのは読書とか碁の勉強とかありふれた答えを期待してのことだったのだけれど、返って来たアキラの答えは予想だにしないものだった。
「頭の中でキミを再構築している」
「は?」
日本語か? それはと思った後でゆっくりと反芻してようやく意味は解ったけれど、やはりさっぱり解らなくて尋ね返す。
「何それ、どういうこと」
「言葉のままだよ。ぼくの中に在るキミに関する記憶を総動員して、頭の中でキミを再現するんだ」
こうねと、アキラは軽く瞼を閉じて見せる。
「目を閉じてキミのことを思い出す。最初は盤の上に置かれた石。そこからすっと指が見えて、手の甲、手首、更にその延長線上に腕と肩とキミの体が続く」
服の袖や色、時には糸のほつれなど、指の節や寄った皺まで1つ1つ何度もトレースするようにして思い描くのだとアキラは言った。
「首筋、胸板、顔はその次くらいかな。眉の流れ、瞳の中の光彩、睫毛や鼻筋もどうだったかをじっくりと思い出す」
やがてそれはくっきりと形を持ち、盤の向こう自分を睨んで座っているヒカルの姿となる。
「唇の開き具合、覗いている白い歯、汗が浮かんでいたかどうだったか、額にかかる前髪の乱れや襟元から覗く肌の色や」
それらを更に目を懲らして見るように考える。
「覚えているようで覚えていない部分や、曖昧な記憶しか無い部分もあるからね。それから仕草、熟考する時にキミは少し前屈みになるからそういう所とか、苛々したように扇子を畳んだり広げたりする様とか」
それらを繰り返して行くと、頭の中のイメージのヒカルは、本当に息をして生きているかのように生々しい存在になって行く。
「瞬きをする。ため息をつく。そしてゆっくりと口を開いてこう言うんだ。……ありません。っていうか、くそっ、おまえやり方がせこいんだよ。手拍子に乗ったふりして最後にバサッと断ち切りやがって」
「ちょっ! やめろよ! それこの間の天元戦のじゃん」
アキラの口真似にヒカルの顔がさっと真っ赤に染まった。
「新しい記憶だからね。今思い出そうとするとそれが出てくるんだ」
悪びれた風も無く、アキラは可笑しそうにふふと笑った。
「本当に目の前に居るように思えるんだよ。手を伸ばせば触れるんじゃないかってくらい」
それはリアルに感じられるのだと。
「それでおまえどうすんの」
「ん?」
「そんな触れそうなくらい生々しいおれを思い浮かべてどーすんだよ」
「おかずになんかしないよ」
「ばっ、あったりまえだろってか、いや、むしろしろよ! どうして妄想のおれまで碁なんだよ」
おまえの碁バカ指数ってどんくらいなんだよと逆上したヒカルに怒鳴られてアキラの笑みは苦笑に変わった。
「だって本当にそういうつもりで思い浮かべているわけじゃないから。そうだったら最初からベッドの上のキミを思い描くよ」
「じゃあなんで」
「恋しいからかな」
少し考えてアキラは言った。
「キミが恋しいからキミのことを考えて、キミをどれくらい正確に思い出せるかやってみたくなるんだと思う」
碁バカというよりキミバカなんだよと言われてヒカルの顔の赤みが更に増した。
「で、じゃあ結局どーするんだよ。ただ思い浮かべて終わりかよ」
「そうだね。でも目を開いても当然キミはそこに居るわけじゃないから猛烈に寂しくなる」
「おう」
「何時間もキミのことだけを深く考えているんだから、ぼくは当然キミに触れなければもう体も気持ちも収まらない」
会いたくて会いたくてたまらなくなるのだと。
「それでそこで考えるのを止めて、キミに電話をするんだ。―今日みたいにね」
ふんふんと聞いていたヒカルは、頷きを止めて手で顔を覆う。
「そーゆー」
そういう帰着をするのかと、ヒカルはもはや茹ですぎたタコのようになってしまっている。
「うん。今日、ぼくはそういうわけでキミをいきなり呼びつけたんだよ」
空想のキミでは足りなくなってしまったからと、アキラは優しい声で言ってヒカルの膝に手を置いた。
「で、ぼくの答えにキミは満足したのかな」
ヒカルは答えない。
「もしかして引いた? でも悪いけどぼくはこういう人間だから」
後悔しても遅いよと手が滑るように膝から太股に移動する。
「後悔はしてない。引いてもいない。どっちかって言うとすげえ嬉しくて、そう感じるおれ自身にどん引きした」
指の合間から呻くように言うヒカルにアキラが笑い声を上げた。
「キミ、ろくでも無い相手に岡惚れされて一生を棒に振るタイプだよね」
「おまえが言うの? それ!」
「うん。正直言うとちょっと引いた。でもそれ以上にものすごく嬉しかったから」
記憶からの再構築で無い生のキミを堪能させて貰うよと、アキラはヒカルのジーンズの前をゆっくりと優しく指で撫でて、それからチャックを下ろしたのだった。
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アキラの一人遊び。いや、ちゃんと読書したり碁の勉強をしたりもしてますよ。
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