SS‐DIARY

2016年02月21日(日) (SS)sakura latte


『ぼくは進藤が好きなんだ』

気づいたのは突然で、しかもその相手であるヒカルと激しく言い争っている真っ最中だったので、アキラは自分でびっくりしてしまった。

いつもの如く検討に熱が入って言葉が荒くなり、碁と関係無いことまで持ち出しての相当キツイ言葉の応酬になっていたというのに、それをどこか楽しんでいる自分に気がついて、そうしたら天啓のように言葉が浮かんだのだ。

ぼくは進藤が好きなんだ―と。

驚きのあまり一瞬惚け、それからアキラは笑ってしまった。

なんだそうなのかと悟ってしまえば今まで気がつかなかったのがおかしなくらい、それは自明なことに思えたからだ。

けれど突然笑われたヒカルの方はそう取らなかった。バカにされたと思ったので表情に一層険が走る。


「なんだよ、笑う程おれの言うことはくだらないのかよ」

「いや、まさか。そんなこと思っていないよ」


アキラはすぐに訂正する。けれど自覚した気持ちのあまりの甘さに表情は緩みっぱなしで、それが一層ヒカルの怒りに火を点けた。


「バカにしてんだろ、そんなにやにや笑いやがって!」


一触即発、今にも手が出そうな雰囲気だったが、どんなに睨み付けてもアキラが微笑んだままなので、さすがにヒカルも事態の異常さに気がついた。


「どうした?……おまえ。もしかしてどこか具合でも悪いんじゃ」


あんまりな言いぐさだが、鬼のように冷徹に言葉を投げて来た相手がいきなり溶けかけの氷のようになってしまったのだから無理も無い。


「いや? 至極健康だし気分もすごくいいよ」


むしろ気分が良すぎて困るぐらいだと続けられてヒカルは本当に心配になってしまった。


「も、もう今日は終わりにしようぜ。おれ、帰るからおまえ布団敷いて寝た方がいいよ」


いつもどちらかの家で会う。今日はそれがアキラの家だった。


「別に具合は悪くないから寝るつもりは無いけれど、そうだね、キミが帰るなら駅まで送って行こうかな」

「送る? おまえが?」


帰る時、玄関先まで見送ることはあってもアキラがヒカルを送ると言ったことは無い。

これは本当に異常事態だとヒカルは更に心配になってしまったのに、アキラは浮き浮きと碁盤を片付け上着を羽織っている。


「さ、行こうか」

「お……おう」


にっこりと微笑まれては、ヒカルもそれ以上何を言うことも出来ず、不安そうなままデイパックを背負った。



まだ二月ではあったが外は晴れて気温が高く、ぽかぽかとして気持ち良い。
歩く道々梅は咲き、気の早い桜がほころびかけている。


「今日は温かいね」

「あ、ああ」


ヒカルはちらちらとアキラの様子を盗み見ている。


「折角出て来たんだし、カフェにでも寄って行こうかな」

「……いいんじゃねえ?」


これもまたアキラにしては有り得ない言葉だったが、ヒカルは敢えて否定しない。

恐ろしすぎて出来なかったのだ。


「なに人ごとみたいに言ってるんだ。もちろんキミも行くんだよ。よく考えたら昼を食べていないじゃないか。そんな空きっ腹で帰ったら体に悪いからね」


ぼくと一緒にお茶して行こうと、歌うようにアキラが言う。


「なあ……おまえ、やっぱ、なんか変じゃねえ? おれがなんか悪いことしたんだったら謝るから、いつものおまえに戻ってくれよ」


意を決してヒカルが言うのに、アキラが不思議そうに小首を傾げる。


「変……かな? すごく良い気分なだけなんだけれど」

「変だよ! 怒鳴ってたのに急にへらへら笑い出して、いつも絶対言わないようなこと言うし」

「たまたまじゃないか? だって今日はこんなに温かいし、風もとても気持ちがいいし」


何より恋を自覚したからだろう、アキラの目には映る全てが輝いて見えた。


「世界がこんなに綺麗だなんて思わなかったなあ」

「おまえマジ医者行った方がいいよ! おれ付いて行ってやるから!」

「本当に大丈夫だよ。それよりもうカフェに着いたよ。へえ、桜のラテだって。桜のケーキもあるみたいだね」

「おまえ甘いの苦手じゃ……」


もう何を言う気力も失せて大人しくヒカルはアキラに従う。



二人揃って注文して窓際の席に陣取る。

ヒカルはハムとチーズのパニーニにカフェラテ、アキラは白いマグになみなみと入ったピンク色の飲み物と、淡いピンク色のケーキをトレイの上に載せていた。


「くっそ甘そう」


ホイップクリーム山盛りのアキラのメニューにヒカルが呆れたように呟く。


「おまえ本当にこれ食えんの?」

「さあ、でも春っぽくていいだろう」


にっこりと微笑んでマグを引き寄せ、それからアキラはふと気がついたように言った。


「春だから……」

「え?」

「さっきからキミはぼくが変だ変だと言うけれど、どうしてだか解ったよ。たぶんそれはね」


春だからだと言ったアキラに思わずヒカルが額に手を当てる。

さすがにそれにはアキラも軽く怒って見せたけれど、やはり本気では怒れなかった。

自分に訪れるとは思ってもいなかった人生の春。

それが今、アキラに訪れようとしていたのだった。


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最近温かくて春だなあと思う事が多くなりましたので。

このアキラはヒカルの気持ちについては全く考えていません。
ただひたすら自分自身への発見に驚いて嬉しくて浮かれています。


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