予定していた指導碁が相手の都合でキャンセルになり、思いがけず早く帰ることとなった。
いつもなら進藤に連絡するのだけれど、電車の乗り継ぎが異様に良くてそれも出来ず、それならいっそ驚かしてやろうかと思った。
音をたてないように鍵を開けてそっと家の中に入る。
進藤は何をしているだろうかと足音を忍ばせてリビングに向かったら思いがけず甘酸っぱい香りがした。
(苺)
ああ果物を買ったのかと思いながら中を覗き見たら、進藤はソファに腰掛けてテレビを眺めながら苺を食べている所だった。
傍らのサイドテーブルの上には牛乳パックと砂糖壺。そしてチューブ式の練乳が置いてあるのを見て少々驚く。
(いつもはそのまま食べるのに)
あろうことか進藤はそれらを皆、思い切りたくさん苺にかけて美味しそうに食べているのだった。
「…そうか」
本当はそうして食べるのが好きだったのに、いつもぼくに合わせて何もかけずに食べてくれていたのかと思った。
「進藤、キミね」
内緒で帰って来たということをすっかり忘れ、声をかけながらリビングに踏み入ると進藤は飛び上がらんばかりに驚いた。
「わっ、なっ、なんでおまえいるんだよ!」
そして一瞬で赤くなる。
「こっ、これはたまたまっていうか…こうしたら美味いって和谷が言うからっ」
慌てふためき言い訳するのを無視してぼくは言った。
「いや、別にいいよ。そうするのが好きならそう言ってくれたら別に良かったのに」
でも幾ら何でもそれは甘すぎだから健康のためには少しかける量を抑えた方がいいと言ったら進藤はしゅんとした様子で項垂れた。
「…わかった」
「別にかけるなと言っているわけでは無いよ?」
ぼくも小さな頃にはそうして食べていたからと言ったら、進藤は更に真っ赤になって「追い打ちをかけるな!」と何故かぼくに恨めしそうに言ったのだった。
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