その日は綺麗に晴れていた。
暑くも無く、寒くも無く、さらりとした気持ちの良い日で、なのにおれと塔矢はいつもの如く天気になんの関係も無く、碁会所にこもって一日を過ごした。
「それじゃ、またな」 「うん、また棋院で」
夕方になったので席を立ち、塔矢にそう言って碁会所を出る。
一緒に帰ることが多かったけれど、その日は塔矢は用事があるとかでもう少 し後で帰ると言ったからだ。
けれど駅の改札まで来て忘れ物に気がついて慌てて来た道を引き返した。
「――っと」
駆け抜けようとして立ち止まったのは、小さな公園のベンチに塔矢の姿を見つけたからだった。
「おい」
用事があるんじゃ無かったのかよと側に行ったおれはぎょっとした。
塔矢は両手に顔を埋めて泣いていたからだ。
「どうしたんだよ、おい」
腹でも痛いのかと覆っている手に指をかけたらゆっくりとその顔が覗いた。
「…進藤」 「たまげるじゃんか。なんでおまえこんな所に居るんだよ」 「キミこそなんでここに居るんだ」
帰ったのじゃ無かったのかと言われて口を尖らせる。
「碁会所に忘れモンしたんだよ。それよりおまえ―」 「なんでも無い。腹も痛くは無いし、別にどこも具合が悪くは無いから構わず行ってくれ」
おれの指を払うように言うのでムッとした。
「行けるわけ無いだろう。おまえ泣いてんのに」
どうしたんだよと重ねて尋ねると、しばらくしてぽつりと言った。
「寂しくて」 「え?」 「キミに会うと楽しくて、でも別れるとすぐに寂しくてたまらなくなるんだ」
バカみたいだろうと苦笑いのように笑うその頬を涙が滑って行く。
「この頃いつもこうなんだ。だからキミに会うのは嬉しくて辛い」 「そんなの」
いつだって鬼みたいで、いつだって憎まれ口ばっかりで、でも確かに塔矢はこの頃よく笑うようになった。
「そんなの、おれだって寂しかったよ」
おれの言葉に塔矢は静かに首を横に振る。
違うよ、キミのは違うとその沈黙が言っている。
「…今は無理でも」
どかっと腹立たしさのまま、乱暴に塔矢の隣に座る。
「いつかずっと一緒に居られるようにすればいい」 「無理だ」 「無理じゃねーよ」
おれがおまえの側に居て、絶対に寂しくなんかさせないようにしてやるからと、言ったら塔矢は今度は首を横には振らなかった。
「…そうなればいい」 「するよ」
絶対そうしてやると無理矢理手を握ったら、塔矢はまだ静かに泣きながらも、それでも小さく縦に首を振ったのだった。
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この後ヒカルは忘れ物のことを忘れて帰るに一票
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