SS‐DIARY

2012年07月26日(木) (SS)たった一つの冴えたやり方


いつ頃から言われ始めたのか忘れたが、大体に於いて年のいった人ほど、人のくだらないことにやけに拘る。

「へえ、進藤くんはまだなんだね。早そうに見えるのに意外だねえ」

特に酒の席ではそれが顕著で、普段真面目そうにしている人でも口が悪くなるので始末に負えない。

「奥手なのかな? それとも好みがうるさいのか」

「そういえば塔矢くんもまだだったね。あんまりのんびりしていると、何か
理由があるんじゃないかと変な噂をたてられるよ」

もちろんおれも塔矢も自らそんなことを吹聴したわけでは無い。けれどふとした時に漏らしたことを面白おかしく広めるヤツというものはいるもので、いつのまにかおれと塔矢は『経験が無い二人組』としていい酒の肴になってしまっていた。

「若手実力ナンバーワンとツーが、どっちも初心だとは面白い」

「不安があるなら私の知り合いの、そういう女を紹介してやってもいいが」

等々。

おれも随分苛ついたが、塔矢はもっと苛ついているのが端で見ていてよくわかる。

でもそれを吐き出せないのが辛い所だ。



「…まったく、どうして人のことなのに、あれやこれや口を出してくるんだろう」

数時間に及ぶ試練を終えての帰り道、塔矢が心底まいったというような口調でおれに言った。

「本当に好きな人としかしたくない。それがそんなにおかしなことかな」

「いや、おれも同じ主義だし」

確かに早い遅いを気にした時期もあったけれど、本当に好きな相手を自覚してからは、どうでもいい相手で済ませてしまわなくて良かったと心の底から思っている。

「前はそんなでも無かったけれど、二十歳を過ぎてからはしょっちゅうだ。もうその話題を持ち出されるだけでうんざりする」

「うーん、まあ確かに、他にネタ無いのかよって思うよな」

何が嫌って、それを取っかかりに碁での意趣返しをされるのが一番嫌なのだ。

碁では勝てないけれど、こっちでは自分の方が経験豊富だと、上から目線で見下ろされるのは本当に腹が立つ。

「まだまだこれからも続くのかな」

「続くんじゃないのかな」

溜息をついた時、ふとおれは思いついた。

「塔矢、おまえ今日これから暇?」

「今日? こんな時間だしもう帰って寝るだけだけど」

「そうか。それで明日も休みだったよな?」

「…うん」

「じゃあ決まりだ。これから一緒に捨てて来よう」

「えっ!」

ぎゅっと手を握り、そのまま繁華街の方に歩き出したら塔矢は非道く焦ったように踏み止まろうとした。

「待て、進藤、そんな冗談は笑えないぞ」

「冗談じゃないって。おれもいつまでもこんなつまんねーことでいじられ続けるの嫌だし、だったらおれら二人で綺麗さっぱり捨てて来ちゃえばいいんじゃね?」

「そんな…でも…」

「そうしたらうるさいクソオヤジどもにも一泡吹かせてやれるし、碁にも集中出来るじゃんか」

ぐいぐいと引きずるように歩くのを塔矢が無理矢理途中で止めた。

「それでも、進藤っ!」

ほとんど悲鳴のようだった。

「ん? 何?」

振り返ると真っ赤な顔をした塔矢がおれを睨んでいる。

「それでも…ぼくは、お金で女性を買うような真似はしたくない」

「そんなことするっていつ言ったよ」

「え?」

「おれもおまえも経験無いって馬鹿にされるのにうんざりしてる。それでたまたまおれら二人はこの後の予定も無くて明日も休みだ。だから」

おれらが二人でやればいいんじゃねえのと言ったら、塔矢は今まで見たことも無いくらい目を大きく見開いた。

それから頬が更に赤く、首筋まで一気にぱあっと染まる。

「あ…いや…でも…そんな」

「おれ絶対上がいいけど、おまえが嫌なら譲ってもいいよ」

ぷるぷると無言で首を横に振る塔矢がいる。

「じゃあおれ上な。大丈夫、やったこと無いけど、一応知識だけはあるから普通にちゃんと出来ると思うよ」

「そういうっ…ことじゃなく…てっ!」

「まだなんか問題ある?」

「キミはどうか知らないけれど、ぼくはさっきも言ったように、好きな人としかしたく無い」

「おれもだよ」

言った途端、しんといきなり沈黙が起こった。

「おれもそう。おまえが好きだからおまえとしかしたく無い。だから今までしなかった。おまえは? もしかして他に好きなヤツとかいんの?」

内心かなり冷や冷やしながら尋ねると、塔矢は急に泣きそうな顔になって、それから再び首を真横に生真面目に振った。

「いないよ、そんなの。キミの他に好きな人なんて」

「なんだ、じゃあ問題無いな」

「………………うん」

塔矢の返事は蚊の鳴くようで、いつものきっぱりとした口調は影も形も無かった。

「進藤」

「ん?」

再び歩き出すのに塔矢がおれの名前を呼ぶ。

「…進藤」

「うん」

何度も、何度も、おれに手を引かれたまま、真っ赤な顔で俯いて塔矢はおれの名前を呼び続けた。

「進藤」

「…うん」

大丈夫、愛してるよと囁いたら塔矢は呼ぶのをぴたりと止めて、握り合ったおれの手を痛い程ぎゅっと握りかえして来たので、おれはなんだかいじらしくなって、もう一度塔矢に愛していると言ったのだった。



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前にも同じタイトルで書いたかもです。そうだったらごめんなさい。


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