SS‐DIARY

2012年06月09日(土) (SS)我が侭姫の真実


だって大人なんだと思うじゃないか。

小さい頃からずっと見て来て、塔矢アキラの四角四面さクソ真面目さは嫌という程知っている。行儀は良いし言葉遣いも丁寧、目上には素直で、人に対する当たりもソフトだ。

感情をストレートに出すおれと違って、怒ってもそれを直で顔や態度に出したりしない。

とても同い年とは思えない程落ち着いていて、だから大人なんだなと思っていたのだ。

尤も、おれに対してだけは最初から感情剥き出し、気を遣うということを全くしなくて、ムカっとくることも多かった。

でもそれは本当におれにだけで、だから塔矢にとっておれが最上級に特別なんだなということも解っていたので腹は立っても同時に嬉しくもあったのだ。

その感情は今でも微塵も変わらない。

ただ、友人から恋人に昇格した今、同棲的に一緒に暮らすようになって、おれは大層驚いたことがある。

こいつ、大人なんじゃなくて我が侭だ。

そう、塔矢アキラは実はものすごく自己中な筋金入りの我が侭野郎だったのだ。


ある時、仕事先で嫌味なヤツに出会うはめになった。おれもそうだが塔矢は父親が元名人ということもあって、かなり昔から当てこすりや、やっかみのようなものを受けて育って来ている。

その時も相手は塔矢を褒めつつもはっきりと親の七光りとは羨ましいものだと言って来た。

苦労知らずのおぼっちゃんには私どものように底辺で這い蹲り、日々努力しなければならない者の気持ちはわからないでしょうと、そこまで言うかこのオヤジと脇で見ていておれは非道く腹が立ったものだけれど、塔矢は始終穏やかな表情でにっこり相手の言葉を拝聴していた。

挙げ句『ご指導ありがとうございました』と丁寧に挨拶して帰って来たのである。

そして帰宅してマンションのドアを開けてすぐ、塔矢は言ったのだった。

「ムカつく」
「ああ、おまえ今日は大変だった―」
「どうしてキミはあんな俗人の戯言を許しておくんだ、さっさと殴るなりなんなりして黙らせるのが筋だろう?」

えーっ? 怒りの矛先っておれーーーーーー??????

「だっておまえが大人な態度で波風たてないようにしてるのに、おれがそれをぶちこわしてどーすんだよ」
「それでも仮にも恋人のぼくがあんな暴言にさらされているのを黙って見ている神経がわからない」

ぼくは大変傷ついた、傷心でもう何も出来ないから今日は食事の仕度も掃除も洗濯も全部キミがしろと言われて、腑に落ちないながらも逆らわなかった。

しかし、だがしかし、本当におれが悪かったのか?????



別の日にはえっちの仕方が乱暴だったと言って一週間口をきいてもらえなくなり、また別の日には体調が悪いのに騒がしいテレビを観ていたと言ってテレビ禁止令をくらってしまった。

そのまた別の日には帰りが遅いとムッとされ、またまた別の日にはまだ眠いのに無理矢理起こされたと頬をビンタで殴られた。

「DV、おまえ絶対これDVっ」

ちょっとおれに対する態度があんまりなんじゃないかと文句を言ったら、塔矢はしばらく黙った後で「じゃあ別れる」と言って、自室に篭もるといきなり荷造りをし始めた。

それもぼろぼろ泣きながらである。

「あー、解った、悪い。うん、おれが悪かった、だから別れる何て言わないで」

結局おれが謝って収まったけれど、なんとなく腑に落ちない日々が続いたのだった。


そしてある日、出してやった朝飯にあいつがほとんど手をつけなかったことで全てが解った。

「何? 食欲無かった?」

心配して聞いたおれに塔矢は訴えるように言いやがったのだ。

「どうして赤味噌にしたんだ」
「へ?」
「みそ汁の味噌、どうして変えた? ぼくは白味噌の方が好きなのに」
「はぁああああああ?」

だっておまえ、実家に居る時フツーに口をつけてたじゃん。他所でも平気で食ってたじゃんと言う前に続けざまに言葉のパンチをくらってしまった。

「それに鮭、ぼくは甘塩が好きなんだ、どうして辛口にしたんだ。漬け物もたくあんより柴漬けが好きだし、卵焼きに砂糖を入れるなんて邪道じゃないか」

出る出るよくもまあ出る文句の数々。

「それからデザートのフルーツ、朝から林檎は食べたく無い。これからは柑橘系にしてくれ」

こいつ!

こいつ、こいつ、こいつ!とんでもねえ我が侭だっ!

「キミは本当にはぼくのことが好きじゃないんだ。愛情があればこんな非道い仕打ちが出来るはず無い」
「おまえー――――――」
「ぼくはこんなにもキミのことを愛しているのに」

ぐっと言葉が喉の奥で詰まった。

「キミと居る時だけがぼくは本当のぼくで居られるのに」

えーと、つまりもしかして、こいつはなんだ、大人で真面目でと思っていたのは単に猫を被っていたのだと。それも子どもの頃からずっとで、親にすら地を出せていなかったと。

うすらぼんやりそうじゃないかなと思っていたことが、実はもっと強力な意味でそうだったのか。

「そういえばキミ、勝手に柔軟剤も替えたよね。あの香りはぼくは嫌いなんだ」

四角四面なのは単なる頑固で、礼儀正しいのは慇懃無礼で、当たりがソフトなのは関わり合いたくないから。

目上をたてているのは無視しているだけで、感情を表に出さないのは誰にも心を許していなかったからと、そういうことでOKか?

「トイレの芳香剤も前の方が良かった。果汁百%ジュースもプライベートブランドの物よりもウェルチの方が好きだし」
「あー…そうか、前の方が好きで、ウェルチの方が好きか」
「卵も駅前のスーパーで買うのはやめてくれ、あそこより隣町のオーガニックストアの方が新鮮で美味しいから」
「なるほど、オーガニックストアがいいと」
「それと、今更こんなことを言うのもなんだけれど…」

ぼくはイッた後はそのまま眠りたい、無理に起こしてシャワーを浴びさせてくれなくてもいいからと言われておれはテーブルに突っ伏した。

すっっっっっっっっげえ我が侭。

信じられない自己中。

こいつがこんなヤツだったなんて――――――――――――――――知ってたけど。

「進藤?」
「あ、いや、大丈夫。とにかく食わないのは色々気にくわなかったからってのは解った。それで他にも色々不満があるのは解った、一つ確認しておきたいんだけど、そんなに不満だらけのおまえにとって、おれはどうなの」
「え?」
「おれ自身に不満は無いのかよ」

話がくだらないとか、アレがソレとか足が臭いとか、髪型が気にくわないとか何も無いのかよと思いながら尋ねると塔矢は不思議そうな顔をして逆におれに尋ねて来た。

「無いよ? どうして?」
「そうか…無いか…」

無いなら仕方がねえよなあ。

何よりもこのとんでも無い我が侭姫を好きで好きで仕方無いんだから、どんな理不尽なことを言われても我慢するしか無いよなあと、諦めに近い気持ちでそう思い、溜息まじりにぽんと頭を叩いたら「頭を叩かれるのは好きじゃない」と速攻で即座に睨まれて、おれはつくづくと自分の幸と不幸を噛みしめたのだった。

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前に書いた「我が侭姫」では朝食にりんごが出ていますが、何しろ我が侭姫なので日によって文句が代わります。明日にはたぶん「朝から柑橘なんて食べられるか」と言うことでしょう。
振り回されるシアワセと不幸といった所です。


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