「白い花がいい」
ほろ酔い気分で歩いていると、ふいに塔矢が道の端を見て言った。
「何が?」 「花の色。赤やピンクや色の濃い花は夜には目立たなくなってしまうけれ ど、白い花はこんなに綺麗に見える」 「ああ、そういえばそうだな」
桜も終わり、心なし木々の緑も濃くなった今、確かに濃い色の花びらは茂る緑に埋もれてしまってよく見えない。
代わりにぽつぽつと灯る明りのように、白やそれに近い色の花びらだけが夜の景色に浮かび上がって見えるのだ。
「綺麗だと思わないか?」 「昼間だとまるっきり逆なのにな」
明るい日差しの下では白は平凡に景色に溶けて、鮮やかな色ばかりが目立つのに、夜は色の無い方がずっとくっきり目に映る。
それがとても不思議だった。
「…こんな風に生きられたらいいな」 「え?」 「どんな美しい色で咲くよりも、夜に映える白い花で咲くことが出来たらその方がいい」 「月下美人ってあったっけ?」 「あれも白だけど、でも、あんな派手な花じゃなくていいんだ」
なんでも無い、ごく普通の変わりばえの無い白い花。
「それでもこうやって、暗い中で綺麗に咲けたらそれでいい」
それだけでいいんだと言う塔矢の瞳は、酔いのせいか少しとろりとしている。
「おれにとっては、おまえは夜も昼も関係無く、いつだって鮮やかに咲くすごく綺麗な花だけど…」
それでも、どちらかを選べと言われたらおれも白を選ぶとそう思った。
「まあ、随分贅沢な望みだけどな」 「そう?」 「だってさ、色のない世界で唯一の色になりたいって言っているんだぜ」
それって結構すごく無いかと言ったら塔矢は小首を傾げ、しばし考えてから苦笑した。
「そうか…だったらぼくは傲慢だ」 「いいじゃん傲慢でも」
潔くておれは好き、大好きだと言ったら塔矢は笑った。
「だったらキミは月になれ」 「月?」 「うん。白い花を照らすのは、同じように白い月の光だけだろう」
だからキミは月になれ、絶対になってくれと繰り返し言われて微笑んだ。
「なるよ、そうお前が望むならね」
なる。
なりたい。
なれたらいい。
どちらも昼は目立たなくて、でも夜には闇の中で周囲を照らす。
標のようなそんな対になれたらいいなとおれが言ったら、塔矢はおれに抱きついて、「なれるよ絶対」と嬉しそうに返したのだった。
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本当にそんな風に生きられたらいいと思う。
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