| 2010年10月05日(火) |
(SS)逆プロポーズ |
『どうか息子さんをぼくに下さい』
今日は非道く驚くようなことがあったと電話で母親に言われて、軽い気持ちで先を促したら塔矢が家に行ったことを告げられた。
『きちんとした格好で、手土産を持って、でも決して玄関より先には上がらずに三和土で土下座をされてびっくりしたわ』
こんな所ではなんだからと、家に上がるように言われても決して塔矢は頭を上げず、結局一歩も家には上がらずに帰ったのだと言う。
もう長い間付き合いを続けていること、おれ以外と人生を歩むことは考えられないということ、家を捨てて養子に入る覚悟もあるときっぱり塔矢は言ったのだと言う。
「嘘だろ…」
つい昨日、会った時にはそんな気配は微塵も無かった。単純にまた次に会う約束をして別れただけだったのに、そんなことを考えていたのだとは驚きだった。
『…で、どうするの?』 「どうするって、そっちはどうなんだよ」
頭の悪い返し方だったが、動揺しすぎて思わず聞き返してしまった。
「一人息子が男と結婚するって、許せんの?」 『私はあなたがどうするつもりなのか聞いているのだけれど』
母親の声は気味が悪いくらい静かだった。
「どうって…」 『あれは別に塔矢くんの思い込みや嘘なんかじゃ無いんでしょう?』
本当にそういう関係に在るということなんだろうから、私はあなたの気持ちが知りたいのだけれどと聞かれて唾を飲み込んだ。
「…反省してる」 『何に?』 「あいつに…そこまでさせちゃったこと」
もう何年もうやむやにしたまま付き合いを続けて来た。その間におれはもちろん塔矢の方は何度も見合いの話や将来どうするのかと責められ続けて来たのだから。
(なのにおれは、塔矢が何も言わないのをいいことに、自分からは何もしなかったんだもんなあ)
どんな気持ちで塔矢がおれの家に行ったのか考えるだけで胸が痛む。
『ヒカル?』 「とにかく、そっちに行ってちゃんと話をする。でもその前に寄る所があるから少し遅くなるかもだけど」 『どこに行くの?』 「あいつんちに行って、おれもケジメつけてくる」
『そう』と、母親の返事は短かった。
賛成はもちろんしていないだろう、けれどはっきりと口に出して反対しないのも不気味だった。
『そうね、塔矢くんはちゃんと筋を通したのだから、あなたも筋を通してらっしゃい。話をするならそこからだわ』
お父さんと二人で待っているからと言われて、思わずごめんと呟いた。
『何を今更―』
少しだけ母親は笑ったようだった。
『あなたのことなんか、もうとっくの昔に諦めてるわ』と耳の痛いことを言われて電話を切った。
―さて。
時計を見てあいつの家までの時間を計る。
あいつはまだ実家で親と暮らしているから、おれが行ったらさぞかし驚くことだろう。
(それとも覚悟の上なのかな)
塔矢先生は今日は家に居る。この前、それをさり気なく言っていたのを思いだして、じゃあやはり計画的犯行だと苦笑した。
情けない、へたれ男がどれくらいあいつの勇気に応えられるかわからないけれど、恋人として裏切ることだけはしたくない。
取りあえず、顔を洗って髭を剃ってと鏡の前に立ったおれは鏡に映った自分の顔がまだ少し自信無げなのに息を吐き、思い切り頬を叩くと「しっかりしろ!」と改めて気合いを入れたのだった。
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手土産は虎屋の羊羹か(対行洋)ダロワイヨのクッキー(対明子)でも買ってけ!
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