SS‐DIARY

2009年10月29日(木) (SS)敢て空気は読みません


塔矢アキラは空気を読めない。

よくそう言われる。

実際アキラは人に倣うことを全くしなかったし、「なんとなく」皆が行くような物に参加することが無かった。

恋人であるヒカルに言わせればそれは好き嫌いがはっきりしているからと、理数系のアタマをしているからということになるらしい。


「理数系? そんなことは関係無いだろう?」
「理数系は否定しないんだ。はいはい。でもおれはそう思うぜ?」

とにかく無駄だと思われることはしたくないんだろうとそう言われればアキラはうんと答えないわけにはいかない。

「それは…だって誰だってそうだろう」
「そうだけどさ、それでも他にいらんことをみんなごちゃごちゃ考えちまうもんなんだよ」

一人だけ参加しなかったら付き合いの悪い奴と言われないだろうかとか、社交性が無いヤツと評価されてしまうんじゃないかとか、そういうことを人は結構恐れるのだと。

「キミは大抵なんでも参加しているよね」
「そ。おれ人に嫌われるのが怖いチキン野郎だから」

からからと笑ってヒカルは言ったが、でもアキラから見るとそれは違う。ヒカルは単にそういう集まりごとが大好きなのだ。

人が好きと言えばいいだろうか。たくさんの色々な人と触れあいたい。それで時に痛い目にも遭っているが、それも味の内と考えている辺りが侮れないとアキラはいつも思うのだ。


「…随分神経の太い鶏だな」
「おれはさ、おまえのそういう自分の信念曲げない所が好きだけど、でもたまには無駄だと思われることに付き合ったり長いものに巻かれてみるのもいいかもしれないぜ?」

ズバズバと言いたいことを人に言う、それは自分への当てこすりかとアキラが尋ねてもヒカルはひょろりとかわしただけでそうだとは言わなかった。

「ま、いいんじゃねーの? 空気読めなくても」
「さっき言ったことと矛盾している」
「いいんだよ、矛盾していても」

おれおまえみたいにアタマ良くねーもんと、そして結局曖昧なままにヒカルとの会話はいつも終わるのだった。




それは秋の終わりにあった棋士同士の懇親会でのことだった。

ほとんどの棋士が参加するそれにアキラはまたもや参加しなかった。

それは無駄だとかそんなことを思っていたわけでは無く、単にどうしても外せない用事があって行けなかっただけなのだが皆はそうは思わなかったらしい。

特にいつも自分を抑えて参加したくも無い集まりにも顔を出さずにはいられない若手はそうだったらしく、いつの間にか会場はアキラの悪口大会になってしまった。

年長者にもちゃんとそれは聞こえていたが、大概は「あの生意気な若造」と思っている者がほとんどなので窘めることは無い。

兄弟子の芦原が居ればひとこと言っただろうけれど、今居るのは緒方だけで、緒方はむしろそういう空気をおもしろがる所があるので止めはしない。


「まったく、あいつ何様だよな」
「自分は何しても許されるって思ってんじゃないか?」

ちょっと碁が強いと思いやがってという当たり前なものから、顔立ち、生まれに関するものまで悪口は止まりを知らない。


「―でも、生まれはぼくが望んだわけでは無いし、顔立ちも遺伝なのでどうすることも出来ませんが」

どれくらいたった頃だろう、ふいにぽつりと冷静な声が悪口に割って入るようにして響いたので皆ぎょっとして口を閉ざした。

一斉に見た視線の先にはヒカルと、その隣にちょこんと座っていつものようにぴんと背筋を伸ばして居るアキラが居てざわめきが広がった。

「あ……とっ、塔矢?」

一体いつの間にと狼狽える皆にヒカルが言う。

「結構前から来てたぜこいつ」

おれが今日は遅れてもいいから絶対来いよって言ったから、こいつ生真面目にちゃんと来たんだと全く悪気の無い顔で言う。

「な、たまにはこういうもんに参加するのも意義があるだろ?」

くるりとアキラを振り返って言うのにアキラも静かに頷いた。

「そうだね、皆さんが常日頃ぼくにどういう感情を抱いているのかよくわかったし」

たまには参加してみるのもいいものかもしれないとにっこりと微笑まれてついさっきまで悪口を言っていた口は皆ひいっと悲鳴のような声をあげた。

「あ、皆さんどうぞそのまま続けてください」

すみません会話を遮るようなことをしてしまってと言う声が穏やかなのもまた怖い。

「進藤、皆さん黙ってしまわれたんだが、どうすればいいだろう」
「別にそのまんまでいいんじゃね?」

これが終わればそのままカラオケに行くことになっているし、そうすればまた空気もほぐれるだろうさというのにアキラは素直に頷いた。

「なるほど、そうだね。若手だけになれば寛いだ雰囲気になるだろうし」

そうすればまた皆さんの貴重なご意見を聞くことが出来るだろうとダメ押しのようににっこり笑われて座はしんと静まりかえった。

ただ一人、兄弟子の緒方の爆笑を除いては。

「緒方さん、どうして笑われるんですか?」
「いや、アキラらしいと思ってな」

そういう意趣返しは中々良いと言われてアキラは真面目な顔で首を横に振った。

「そんなつもりはありません。父にもいつも自分に対する評価は謙虚に受け止めろと言われていますし」

だからまた遠慮無く貴重なご意見をお願いしますとぺこりと頭を下げられて座は更に通夜のように重く暗く静かになった。

「楽しみだな、カラオケ」

誰一人口を開く者の無い会場で、アキラの声だけが楽しそうに響いた。

「緒方さんに連れて行かれて以来、もう二、三年は行っていないんだ」
「最近は学校の校歌とかも結構入っているみたいだし、もしかしたら海王の校歌もあるかもしれないぜ」
「そう? だったらたまにはぼくも歌ってみようかな」

でもやはりどちらかと言えば歌うより、皆さんの忌憚の無いご意見が聞けることが楽しみかなと言ってアキラはにっこりと笑った。

後に絶対零度と評される、それは伝説となった微笑みで、以後塔矢アキラの評価は「空気が読めない」から「空気を読まない」に変わったのだった。


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既に死語? でも敢て空気は読まないんだというアキラが書きたくなったので書きました。いいんだ、空気読めなくても。


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