| 2009年07月02日(木) |
(SS)その愛の全て。 |
「ぼくの家の庭には夏になると木槿という花が咲いてね」
塔矢はそう言って話し始めた。
「母が嫁いで来る時に持って来たものだったのだそうだけれど、薄紫のとても綺麗な花が咲くんだ」 「それで?」 「ぼくは小さい頃、両親共忙しくてほとんど構ってもらえなかった」 「うん」 「それで、一人で庭で遊ぶことが多かったんだけれどね、ある時木槿が咲い ているのに気がついて手折って母の所に持って行った」
塔矢の母親はそれを見て喜んで、すぐに花瓶に生けてくれたのだと言う。
『ありがとう、アキラさん。お母さんこのお花大好きなのよ』
見逃してしまわなくて良かったと、塔矢は母親が喜んでくれたことに自分もとても嬉しくなったのだと言う。
「いい話じゃん」 「ここまではね。ぼくはその次の日も母に木槿を折って行った」
次の日もその次の日も、毎日毎日塔矢は母親に花を持って行ったのだと言う。
「母もね、忙しかったから半ば上の空だったんだと思う。今にして思えば」
それでも母親が喜んでくれるというその事実に塔矢は嬉しくて花を手折り続けたのだと言った。
「ぼくは一夏木槿の花を母に届けた。そして、夏が終わる頃には木槿の木は枯れてしまった」
全ての花を手折られて、そこから傷んで枯れてしまったのだと。
「枝ごとむしりとっていたからね。それは枯れてしまうよね」 「…おまえの愛情ってすげえ重いな」 「そう。重いんだ。ぼくは好きな人には視野が狭くなる」
狭くなって本来気付くことにも気付かずに、母のためと思い込んでその母の大切な木を枯らしてしまった。
「だからぼくはそういう愛し方しかきっと出来ない。キミともし付き合うようになれば、キミの周りの大切な物を根こそぎ枯らしてしまうかもしれないよ」
それでもいいのかと尋ねられておれは即座に言った。
「いいよ」
塔矢は非道く驚いたような顔をした。
「ぼくは縛るよ、きっとキミを縛る」
息をつくのも苦しくなる程にキミを縛り付けてきっとキミの周りを根こそぎ枯らし尽くしてしまうと。
「いいよ。だからそれでいいって言ってんじゃん」
思い詰めた気持ちを打ち明けた後で、話されたことは確かに重い。
そんな愛情を辛いと思うヤツもきっといるのかもしれないけれど、おれはバカなので嬉しいとしか思えない。
「なんなら、おれ自身を枯らしてしまってくれてもいいよ」
おまえになら全部くれてやって構わないと思っているからと言ったら塔矢は泣いた。
「キミはバカだ、本当にバカだ」
でも大好きだと繰り返しながら、塔矢は美しい花を枯らせてしまった小さな子どもに戻ったように座り込んで顔を覆うと「ありがとう」と泣きじゃくって言ったのだった。
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