街中で通り過ぎた人を見て、進藤が小さく「あっ」と言った。
「何?」 「いや、なんでも無い」
なんでも無くは無いだろうと尋ねたら、随分しばらく経ってから「昔、告られたことがある人だった」と言った。
「ふうん」 「断ったよ、速攻で断ったって」
棋院で行われる囲碁教室の、その人は生徒の一人だったらしい。
「最後の日に付き合って欲しいって言われて、きっぱり断ったら泣いちゃってさ」
それからずっと気になっていたんだけど、今男連れで歩いてたからとほっとしたような苦笑のような顔で言う。
「恋人かどうかなんてわからないじゃないか」 「いや、恋人だと思う。すげー幸せそうだったから」
気があったとか、そういうことでは無いのは良くわかっている。
それでも傷つけたことを気にかけていたのだとしたら、ぼくには少々小憎らしい。
「…で?」 「でって??」 「それでその幸せそうな彼女を見てキミは一体どう思ったんだ?」 「良かったなって、そんだけ」
マジそんだけだよと言う彼の言葉が真実だと言うことを誰よりもよく知ってはいたけれど、それでも嫉妬の小さな棘が確かにこの胸に刺さったので、ぼくはその日最後まで、彼に手を繋がせてやらなかったのだった。
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