| 2009年01月15日(木) |
180000番キリリク「虫歯」 |
ずくっとするような鈍い痛みを奥歯に感じた時、それが虫歯だとは思わなかった。
「えー? だって痛いのが口ん中でそれでもって左奥歯なんだろ?」
だったら虫歯に決まってんじゃんと言われてもどうしても納得出来なかったのは、ぼくは小さい頃から一度も虫歯というものになったことが無かったからだった。
母の躾が厳しかったこともあるし、間食をしないせいもある。
とにかく飲み物を飲んでも口をゆすぐ習慣がある自分が虫歯になるなどとはどうしても信じられなかったのだ。
けれど一度感じた痛みはそれから頻繁に起こるようになり、非道い時にはズキズキと、それほどで無い時にはちくちくと、終いには絶え間なく痛むようになってしまって観念してぼくは歯医者に行った。
「鏡で見る限りは虫歯には見えないんですが…」
とにかく痛みが続くことを訴えてレントゲンを撮ってもらう。
出来上がった写真を見て医者は綺麗な歯並びだと褒めてくれた後でぽつっと言った。
「ありゃ、歯にひびが入っちゃっているみたいですね」 「ええっ?」
どうも見た目ではわからない奥の部分に罅が入り、そこが虫歯になって膿んでいるらしいのだ。
「そういうことってよくあるんですか?」 「いや、ぼくはあまり見たこと無いなあ。…もしかして筋トレでもやってます?」 「いえ、そういうことは一切」 「そうですよねえ。そんな感じじゃないですよね」
ぼくの体をざっと見て、医師は苦笑したように言った。
「ずっと前に重量挙げの選手の方でこうなっているのを見たことがあるんですよ」 「重量挙げ?」 「ええ、あれは重いものを持ち上げるので歯を食いしばるでしょう」
そういうことが日常的に続くと噛みしめられ続けた奥歯の中に罅が入ることがあるのだと言われてぼくは思いついたことがあった。
「もしかしたら…」
うっかり呟いてしまったのを医師が聞きとがめる。
「何か心当たりが?」 「あ…いえ、実はぼくは棋士をしていまして、対局の時などに無意識に歯を食いしばっていることがあるかもしれないと…」 「棋士、なるほどねえ」
それでわかりましたと、納得顔の医師はそれきり歯の罅の原因は追求せずに今後の治療の方針を説明してくれた。
「おかえり、どうだった?やっぱ虫歯だっただろう?」
帰るなり、待ちかまえていた進藤がぼくに言う。
「おまえいつもおれにうるさく言うけど、しっかり磨いたってやっぱり虫歯になるんじゃん」 「違う!」
ぼくは脳天気なその顔に下げていた鞄を叩き付けたい気持ちを堪えながら言った。
「虫歯は虫歯だけれど歯の中に罅が入っていたんだ!」 「罅?」 「そうだ。歯を食いしばることが多いとそうなる場合があるって」
つまりぼくが虫歯になったのは歯磨きとは無関係でキミのせいだったんだと吐き捨てるように言ったら進藤はきょとんとしたような顔になった。
「え? 歯に罅でおれのせい?」 「筋トレも、重量上げの選手でもなんでも無いぼくが奥歯に罅が入るほど日常的に歯を食いしばることに心当たりがあるだろう」 「……ああ!」
しばらく考えた後、進藤はぱっと顔を輝かせ「わかった」と言った。
「そっか…おまえあの時我慢していつも声出さないようにしてるか―――」 「言わなくていい!」
抱き合う時いつも進藤はぼくの顔を見たがり、ぼくのあげる声を聞きたがる。
けれどぼくはそれが嫌で唇を引き結んでいるものだから、彼は意地のようにぼくの感じる所ばかりを責め続けるのだ。
「キミのせいだ! 小さい頃から虫歯なんか作ったことなんか無かったのに」
ぎゅっと目を瞑り、責めに耐える。あの時にぼくはきっとキツく歯を食いしばってしまっていたのだろう。
「キミがあんな―」 「あんな気持ちイイことばっかするから…だろう」
睨み付けるぼくの目に微塵も怯むこと無く、進藤はにっこりと嬉しそうに微笑んだ。
「とにかく、虫歯の原因がそれならさ、解決法はすごく簡単じゃん」 「え?」 「これからは意地にならずに素直に声を出せばいいんだ」
あんあん鳴く、可愛い声を最大ボリュームでおれに聞かせてくれればいいんじゃんと意味あり気に頬に触れてくるので、ぼくは顔を赤く染めつつも思い切りその手をはね除けて、歯の治療が終わるまではキミとは決してしないからと声高に宣言したのだった。
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ヒカルは磨かないくせに何故か虫歯になりにくいタイプ。 アキラはしっかり磨いているのに何故かこういうことで虫歯になってしまう気の毒なタイプ。
ということで180000番のキリリクでした。お題を頂いた時には珍しいお題だなあと思ったのですが色々パターンを考えていたらとても楽しかったです。
へいこさん素敵なお題をありがとうございました。アキラのようにへいこさんも早く歯医者さんに行かれた方がいいですよ〜(^^;
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