SS‐DIARY

2006年06月03日(土) (SS)紫の花

一面の濃い紫は空の青さと相まって、目に非道く鮮やかに映った。


「なあ、これずーっと同じ花ばっかり続いてるけど、他の花って咲いてないん?」

ホテルを出てから小一時間、休憩もかねて途中でバスが停まったのは有名なツツジの名所で、人の背ほどの高さがある古木の中をぼくはずっと進藤と歩いていた。

「なんだ、もう飽きたのか?」

「だってずっと同じ花ばっかだし…色も赤だかピンクだか紫だかでそんなに代わりばえしないし」

「でも綺麗だろう? これほどの大きな木がこれほどたくさん植わっている所は日本でもあまり無いそうだよ」

「んー、確かにスゴイとは思うけどさ、おれ和谷たちみたいに売店でみそおでん食ってる方が良かった」


泊まりがけの囲碁イベントの帰り、数平方キロメートルという広い公園のとば口を回っただけでほとんどの人たちは売店に駆け込んで、窓越しの花を見ながら茶やだんごやみそおでんなどを食べて時間を潰すことを選んだ。

進藤も本当はそうしたかったようなのだが、ぼくが全部見たいと言ったがために気の毒に付き合ってこうしているわけなのだった。


「なあ、もういい加減喉乾いたし戻らねえ?」
「いいよ疲れたならキミだけ先に戻っても」
「別に疲れてはいないけどさあ」

おまえよくこんな変化の無い花見ててつまんなくないなあと変な感心をされてしまった。

「だって、同じようと言ったってそれぞれみんな違うし、よく見れば交配でおもしろい色味になっているものもあるし」
「おまえってなんか趣味が年よりくさいんだよなあ」
「そんなことがあるもんか、その証拠にお年を召した方はみんな休憩しているじゃないか」

今回珍しく催しに参加している桑原本因坊は、真っ先に売店に行ってビールを注文した口だった。

「あー、はいはい、じゃあ訂正してやるって。おまえは風流なだけですっ」
「そうか。じゃあキミも風流になればいいよ」

うへえと言っているのを見て、思わず笑ってしまう。

こんなに退屈だのなんだのと文句を言っても進藤は意外に付き合いがいい。

ぼくがたまに誘うと絵画展や古美術の展覧会にも着いてきたりするのだった。


「あーでもなんかマジでおれ腹が減ったよ」
「お昼をちゃんと食べなかったのか?」
「食べたよ。でもあんなんじゃ全然足らないって!」

暑いし疲れたし腹減ったし、なんかせめて甘いもんが食べたいと言うのを聞いて、ぼくはふと立ち止まり辺りを見回した。

「…少しだけなら甘いものをあげられるよ?」
「なになに?なんかおまえ菓子でも持ってんの?」
「何も持ってないよ。でもここなら……」

ぼくは言って目の前の枝から濃い紫の花を一輪むしり取った。

「こんなことやっているのを見られたら怒られてしまうけれど」

きょとんとする進藤にがくを吸ってごらんと勧めてみる。

「つつじはね、結構蜜があるから吸うと結構甘くて美味しいよ?」
「え?嘘、マジ?」

半信半疑、進藤はぼくから花を受け取ると窄まったがくを口に含んだ。

「あ………うーん、確かにちょっと……甘い……かも?」
「そんな疑問系になるほど薄い甘さじゃないだろう?」

うちの庭にもあるので花の甘さは知っている。

「えー?甘いは甘いけど…ちょっと物足りないっていうかー」
「花が悪いんじゃないのか?他の花だったらきっと…」

ぼくは試しに手近な花をむしり取るとそのがくを口に含んだ。次の瞬間口の中には爽やかな、それでいて結構な甘みが広がった。

「なんだ、ちゃんと甘いじゃないか」
「えー? じゃあ別の花でやって見る」

もし公園の管理をしている人が来たら小言じゃ済まないことだろうけれど、進藤は持っていた花を捨てるとまた別の花をむしって口に含んだ。

「どう?」
「んー……………」

やっぱりあまり甘く無いという。

「そんなはずあるか!キミの舌がおかしいんじゃないのか?」

言って、それでも念のためにぼくももう一輪花をつんで口に含んで見た。

……甘い。

やはり口の中には花びらの色を彷彿とさせる濃い甘い蜜の味が広がった。

「ちぇーっ、なんでだよ。おれのちっとも甘く無いのに」
「キミの選ぶ花が悪いのかもしれないよ。枯れかけたやつではなくてもっと元気よく開いているのにしてみたらもっと甘いはずだよ」
「えー?」

そして更に何度か試して、それでもやはり思った甘さで無かったらしい、進藤はすっかり拗ねたような顔になった。

「なんでおれの花、どれも甘く無いんだろう」
「たまたま当たりが悪かったんだよ」
「違う、きっと花が贔屓してんだ。おまえのこと贔屓しておれには甘くないやつばっかり摘ませてるんだ!」

何を子どもみたいなことを言っているのだと苦笑しているぼくの口から、進藤はいきなりつつじの花をひったくった。

「あ―――」

ぼくが口にくわえていた花を止める間も無く進藤は口に含み、それから満足そうに満面の笑顔で笑ったのだった。

「ほら、やっぱおまえのは甘いんじゃん」

すげえ甘い、美味しいと何度も蜜を吸い、それからぽとりと地に落とした。

「なあ、またおまえが花選んで?」

なんの屈託も無く、なんの含みも無く言う彼の顔を見ながらぼくは顔が熱くなるのを感じた。

だってぼくの唇に触れた花びらが、彼の唇に触れた。

触れたのだ――――。


「塔矢?」
「い、いいよ。でも後一輪だけ。あんまりむしってしまったら本当に怒られてしまうから」

慌てて取り繕うように笑顔を作り、ぼくは目の前の枝から花を選んだ。

「ほら、これもきっと甘いと思うよ」
「さんきゅ♪」

手渡した紫の花は掌の上で微かに震えていた。

「あれー?また甘くないけどなあ」
「そう?」

平静を装いながら、ぼくは心の中で必死に祈っていた。

神様どうか。

どうかこの赤く染まった顔に進藤が気づきませんように。

「じゃあ、もう一輪だけ別の花を―」

選んであげようかと言う前に、頭を抱えられ引き寄せられた。

「進――」
「いいよ、やっぱ花よりも」

花よりもきっとおまえの方が甘いからと、目を閉じる暇も無く、ぼくは花の中で口づけられた。

濃い紫の花の中、重ねられた唇は確かに、確かに花の蜜よりも何よりも甘かったのだった。


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タイトルでわかるように実はこれは百のお題の「白い花」として考えた話でした。でも読んでおわかりのように花が白くなりませんでした。いや、だってツツジだし!白いのもあるけどやっぱり濃い紫のイメージが強くて仕方なくこちらに載せることにしました。

この話に出てくる公園は有名な所なのでご存知の方も多いのではないでしょうか。実家から車で二十分くらいの所にあって、花の頃は道路が渋滞して大変です(笑)

人の背よりも高いツツジが一面に植わっていますのでもし機会がありましたら。でも絶対に花はむしっちゃだめですよう(笑)


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