SS‐DIARY

2006年03月22日(水) (SS)世界で一番好きな食べ物

「おれ、ドリアが世界で一番好きな食べモン!」

いつだったか皆で昼食を食べに行った時、進藤がファミレスで嬉しそうにそう言った。

「へぇ……まあ、確かにグラタンとか冬に食うと美味いけどな」
「違ーう!おれ、グラタンは嫌いなんだよ。マカロニがあんまり好きじゃないからさ。でもドリアは好き。生まれて初めて食った時、こんな美味い食いモンがあるのかと思ったくらい」

だから洋食系の店に行くと絶対に食べるのだと嬉々としてフォークで耐熱皿をつつきながら言うその顔は確かにとても幸せそうで、どうして料理一つでそんな幸せそうな顔が出来るのだとお手軽でいいなとぼくは和定食を食べながら思ったものだった。

(大体、進藤は味覚が子どもなんだ)

食事をする回数が増えてきたので自然と知ることになったのだが、彼が好きなのはハンバーグやシチューやカレーといった、小学生の子どもに絶大な人気があるようなそんなメニューばかりなのだ。

(あんな塩分と脂肪分が多い食事ばかり……今に太ったって知らないぞ)

少しは野菜もとった方がいいと機会があれば言っているのだが、それでもやはり彼が選ぶのはそういうお子様メニューばかりで見ているといい加減大人になれと言いたくなってしまう。


「一度、美味しい和食を食べれば嗜好が変わるかもしれない」

一生に一度会えるか会えないかの唯一無二のライバルを成人病などで失いたくは無かったので、ぼくは彼の食生活を変えるために芦原さんに料理を習いに行くことにした。

いくら言ってもそういうメニューを選ばないのだから、これはぼくが自分で作って食べさせるしか無いと思ったのだ。


魚の煮付けや野菜の煮浸し、胡麻よごしに卵豆腐に鰯でつみれ団子も作った。

焼き物もマスターし、田楽や煮こごりも完璧に作れるようになった。

一ヶ月ばかりたった後、「これだけ出来れば充分だよ」とお墨付きをもらったぼくは、計画を実行するべく進藤を家に誘った。



「なに?泊り?」
「うん。また父も母もいなくて…キミも今週末は何も予定が無いんだろう?だったら久しぶりに泊まりがけでゆっくり打たないかと思って」
「おう、行く行く。そうだよな、ここん所、碁会所にも行ってないし、おまえと打ちたいなって思ってたんだ」
「そう、よかった」

一も二も無く食いついてきた彼にほっとしつつ、付け加える。

「実は最近芦原さんに料理を習ってね、キミに美味しいものを食べさせてあげるから楽しみにしておいて」
「ドリア?」

瞬間、目が輝いたかと思うと進藤は間髪入れずに言った。

「もしかしなくてもドリア作ってくれんの?」
「あ……いや……その」

口ごもると途端にしょぼんと萎れた顔になる。

「そうだよなあ、あれ難しそうだもんなあ……」

いくらおまえが器用だからってあんな難しそうなもん作れないよなあと言われてつい言い返してしまった。

「作れるよっ!」
「えー?」
「あんなもの簡単だっ。キミが今まで食べたものよりずっと美味しいものを作ってやるから楽しみにしてろっ!」
「わーい、マジ?」

嬉しいな、ドリア、ドリアと満面の笑顔になった進藤の前で、ぼくは自分の負けず嫌いを呪いながら一人敗北感に浸ったのだった。



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世界で一番ドリアが好きなヒカ碁友達のJさんに捧げます。
いや、ほんとドリアは美味しいよね。


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