SS‐DIARY

2003年09月04日(木) シアワセの形

「シアワセになりてぇかな」
棋院の帰り、喉が渇いたからと入ったコーヒーショップで、キミは何か目標にしていることがあるのかと尋ねたら、進藤は少し考えてからそう言った。
「幸せ?」
「うん、そう。おれ、頭悪いからあんまり小難しいことは考えられないけど、シアワセにはなりたいと思う」
何気ない世間話。
人生の目標というか、これから先の展望のようにものを聞いたつもりだったので、意外な答えに驚いた。
「…素晴らしい目標だとは思うけど、すごく漠然としてないか?」
お金持ちになりたいとか、有名になりたいとか、俗物的な目標を聞きたかったわけではもちろんない。
でもなんとなく進藤からはNEC杯予選通過とか、今年中に昇段とか、または大きく、タイトルホルダーになりたいとか、碁に関する言葉が聞けるものとばかり思っていたので少し…気が抜けたような、裏切られたような気がしてしまったのだ。
「じゃあおまえの目標は?」
「え?」
逆に聞き返されて言葉に詰まる。
「おまえは将来どうなりてぇの?」
「ぼくは…もっと強くなって、お父さんのような、いやもっと強い棋士になって一生碁を打って行きたいかな」
またいつものように「碁バカ」と言うだろうかと見つめると、進藤はにこっと笑って「いいんじゃねぇ?」と言った。
「すげぇおまえらしいし。おれも同じこと思ってるし」
「え? だってキミはさっき」
「言ったよ。シアワセになりたいって。…一生、碁を打てたらシアワセじゃねえの?」
言われて一瞬呆けてしまった。
「な…そういう意味だったんだ…」
自分でもおかしなくらいほっとしてしまった。よかった。進藤にとってやはり碁は大切なのだと。
そんな想いが顔に出てしまったのだろうか、進藤はおかしそうに笑うと、ぼくの顔をのぞき込んで言った。
「いい目標だろ? 大好きなやつとずっと一緒に碁が打っていけたらさ、それだけでもう他になんにもいらねぇって思わねえ?」

…え?

言葉の意味をなかなか理解できなくて、バカのようにぽかんと進藤を見返してしまった。
「え? それって…」
「だからおまえと一生打っていけたらシアワセって言ってんの!」
やっと理解できて、その途端かーっと喉元から熱が上がってきた。
「し…え?…でも」
「強くなろうな」
にこっと笑って言われて、顔が耳まで赤く染まった。
「あっ、当たり前だっ!」
照れくさくて、恥ずかしくて、怒鳴ることしか出来なかったけれど、本当は嬉しくて死にそうだった。

ぼくとキミは向かい合い、共に一生、打つ―。

ただそれだけ。
それだけのことだけれど…。

それ以上の幸せはきっと無いと、火照った頬にキスをされながら言葉には出さず、胸の内でそう思った。


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