「シアワセになりてぇかな」 棋院の帰り、喉が渇いたからと入ったコーヒーショップで、キミは何か目標にしていることがあるのかと尋ねたら、進藤は少し考えてからそう言った。 「幸せ?」 「うん、そう。おれ、頭悪いからあんまり小難しいことは考えられないけど、シアワセにはなりたいと思う」 何気ない世間話。 人生の目標というか、これから先の展望のようにものを聞いたつもりだったので、意外な答えに驚いた。 「…素晴らしい目標だとは思うけど、すごく漠然としてないか?」 お金持ちになりたいとか、有名になりたいとか、俗物的な目標を聞きたかったわけではもちろんない。 でもなんとなく進藤からはNEC杯予選通過とか、今年中に昇段とか、または大きく、タイトルホルダーになりたいとか、碁に関する言葉が聞けるものとばかり思っていたので少し…気が抜けたような、裏切られたような気がしてしまったのだ。 「じゃあおまえの目標は?」 「え?」 逆に聞き返されて言葉に詰まる。 「おまえは将来どうなりてぇの?」 「ぼくは…もっと強くなって、お父さんのような、いやもっと強い棋士になって一生碁を打って行きたいかな」 またいつものように「碁バカ」と言うだろうかと見つめると、進藤はにこっと笑って「いいんじゃねぇ?」と言った。 「すげぇおまえらしいし。おれも同じこと思ってるし」 「え? だってキミはさっき」 「言ったよ。シアワセになりたいって。…一生、碁を打てたらシアワセじゃねえの?」 言われて一瞬呆けてしまった。 「な…そういう意味だったんだ…」 自分でもおかしなくらいほっとしてしまった。よかった。進藤にとってやはり碁は大切なのだと。 そんな想いが顔に出てしまったのだろうか、進藤はおかしそうに笑うと、ぼくの顔をのぞき込んで言った。 「いい目標だろ? 大好きなやつとずっと一緒に碁が打っていけたらさ、それだけでもう他になんにもいらねぇって思わねえ?」
…え?
言葉の意味をなかなか理解できなくて、バカのようにぽかんと進藤を見返してしまった。 「え? それって…」 「だからおまえと一生打っていけたらシアワセって言ってんの!」 やっと理解できて、その途端かーっと喉元から熱が上がってきた。 「し…え?…でも」 「強くなろうな」 にこっと笑って言われて、顔が耳まで赤く染まった。 「あっ、当たり前だっ!」 照れくさくて、恥ずかしくて、怒鳴ることしか出来なかったけれど、本当は嬉しくて死にそうだった。
ぼくとキミは向かい合い、共に一生、打つ―。
ただそれだけ。 それだけのことだけれど…。
それ以上の幸せはきっと無いと、火照った頬にキスをされながら言葉には出さず、胸の内でそう思った。
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