わたくしは再発が分かってからは、いろいろなことが怖くなくなりました。 もちろんできるだけ長く生きたい わたくしだけの人生を味わいつくしたい、 と思っています。 なにも諦めたものはありません。 でも、明日の朝 目が覚めなくてもかまいません。 毎晩ねむる前に、自分に問いかけて、安心して眠ります。 これから痛みや苦しみが訪れても、医療の力を信じます。
わたくしより、ずっと早く逝ってしまった親友と違い、 わたくしには残していく小さい子供もいません。 両親のことは気がかりですが、逆縁の不幸は多々あることで、 わたくしのせいでも誰のせいでもありません。
天罰などと聞くと憤りを覚えます。 わたくしの病は、わたくしという生き物の中から生まれたものです。 たとえば同級生が90歳まで生きたとして、それはその人の徳によるものでしょうか。 誰がそれを計るのでしょか。 32歳で、夫も子供もいて、生きること 美しいもの 楽しいことをなによりも尊んでいたわたくしの友達が病んでから一年もたたず亡くなったのは、 何の罪でしょうか。 遺伝子の異常によるもので、それはわたくしの癌も同じものです。 世界は無作為に、長く 短く ひとの寿命をバラバラに設定しています。
地球はなぜこの国の東北を選んだのでしょう。 関東から以西、 そこに住むひと達の業となんの違いがあったのでしょう。 東京でも東海でも富士山でも、 どこに来てもおかしくなかった。 地球は意思があってどこかを選んでいるわけではない。 大昔、恐竜が滅びたのは、彼らへの天罰ではないでしょう。 この地球という環境に人間という種が適応できなければ、恐竜と同じ道を辿ってもおかしくない。
だらだらと長く書いてきたのは、実は原発のことを言いたかったのです。 分析と批判は必要です。 ずっと反対してきたひとが、やはり恐れていたことが起こったではないか、 と声をあげるのは当然です。 でも、今度の原発の事故や不具合が、 神の領域に手を出した罰だとか、地球が怒っているとか、 そういう論調の話はききたくない。 リスクは分かっていた。 けれど便利だから、ほかに代用がないから、 少なくとも人間のためなるからに使ってきた。 これはある意味で抗がん剤と一緒だ。
地球の意思にしたがうというニュータイプは好きにすればいい。 わたくしは、地を這う人間の末端でかまわない。 今の人間の持てる能力の医療、技術を それを高めようと研究を続けている人間を擁護する。
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