あとで後悔するから日記で実名を出すのはやめようと思っていたけど、 なんだかそれも面倒になったので、2回目。
テレビで斉藤由貴を見かけると、もうどうにもこうにもやるせない。 だって あまりにも似ているんだもん。 若い頃も似ていたけれど、四十を超えた彼女は女優さん女優さんした格好をしないので、 年相応にもったりした顎のラインなんかも、 生きていたらこんなかんじなんだろうなあ・・・ と、死んだ子の年は数えまい と自分で封印していた思いもつい緩んで口から漏れてしまうわ。 しかしまあ 似ているのよ。 三十二までの顔しか知らないのに、 ああ 今はこんな顔してるんだ と普通に思ってしまうくらい。 自分が二十代の頃の顔からゆっくりあまり大きな変化はなく年をとってきたから、たぶん彼女も同じようにゆっくり緩んできたんだろうな、と。 丸顔の宿命。
しかし似ている。 死んだ子の年を数え始めるときりがない。 生きていたらなあ いま一緒に遊べたらなあ ガキも大きくなったし旅行にいけるよなあ 二人しか知らないような思い出ばなしとかしたいなあ ともに美しく年をとっていく作戦を練れたらなあ あいたいなあ 会えないくらい遠くにいてもいいから電話できたらなあ 話がしたい 笑いあいたい
と、きりがないので封印しておくのです。 しかし斉藤由貴め。
☆死んだ子 を 寝た子 と書いていたので訂正しました。でもまあ、寝た子を起こすな も近いものはあるよね。
|