ネットに顔を出さないのが、実生活の充実だなんて何でだ。 どうせ忙しイコオル充実でもないのだろう
大江戸線の電車の扉に「世界の中心で、愛をさけぶ」 の広告が貼てある。 ああタイトルなんか違うけど聞いたことある。 ってかそりゃ「世界の中心で愛をさけんだけもの」だろうと。 エヴァにも何やら似たの「世界の中心でアイを叫んだけもの」てあるなあ。 何か?恋愛小説の類か、ぼくは、よう読まん。 題も、別に惹かれるわけでも。
ぼくの家の一階には本屋とコンビニが入っているよ ぼくは其の本屋とコンビニにとても貢献しているのさ。 コンビニの方はともかくとしても本屋の方は寂れている。 本屋は年間2%万引きに遭えば倒産とか聞いたが本当か。 本当ならあの本屋はもうないだろうなあと。 何せ高校生大学生の通り道で駅が近くにある場所。 店員は一人で鈍そうなおじさんであるから。 品揃えの悪いサービスの宜しくない店なの。 ぼくは土曜に仕事のない日なんぞは夕方ころに本屋にいったり。 目新しいものを買い漁ってくる。週に何千円かを浪費。
いつだったか本や漫画を沢山買ったとき、 おじさんがカヴァをかけようとしたのでぼくが 「要りません」といったら、袋にすら入れてくれなかった。 生で本を抱えて帰りながらぼくは笑た。
こないだも店内をうろついていたら、その、世界の中心でry が置いてあったのさ。品揃えの悪い店でこれかー と思ってぼくは衝動買いした。
二日くらい読まなかった。一緒に買った漫画の方読んでたからね。 それにも飽きてようやく読うだ。
こっからややネタがばれます。注。
帯に「私もこんな恋愛がしてみたい」だとか 「泣きながら一気に読みました」とかかいてあるのね。 なんだ感動モノかと。 はじめの方、状況がよく分からなかった。 死んだとこから始まるのかあ。 そこから彼女の生きてた頃の話になるんだけども、 話と主人公二人の純粋っぷりがいやに可笑しくて。 純粋ってのが、綺麗な純粋のとこもあるけど、 なんか、素直な、っての。特に朔太郎。 本心というものか。 ぼくはもう、どっかんどっかん大爆笑って場違いだけど。 いやもう個人的に面白くて。アハハハハとね。 泣いたり笑ったり忙しい。 感動はしなかったような。悲しくて泣いた。 第三章あたりは泣いた涙が目にたまってよう見えぬ。よう読めね。 悲しくて泣いているから苦しくて辛かった。
死んだとこから始まるくせにアキに死んでほしくないと思って読み進めたり。 最後に何とか幸せな結末になってはくれないかと無理などんでん返しを願ったり。 全体を通して記憶に残る言葉やフレーズの多い。 朔太郎の記憶がまるでぼくの記憶のように思えるのは凄いなあ。 まるでぼくがアキを失ったかのようです。(誤
終わりに近い、二人でオーストラリヤに行こうとするとことか泣き通し。 「連れてって!」って倒れそうなアキが言う。 「たすけてください、たすけてください」倒れたアキを前に朔太郎が。 誰に言っているわけでもないとこが悲しくて。 病院に戻ってアキが「お別れね」とかいうから悲しくて。 ぼくなら、言えない。 自分の死を覚悟だなんて、できないんだよ。 泣き喚いて、死にたくない死にたくないって八つ当たりしそうだ。 ぼくが朔太郎なら「死なないでくれアキ!」とか叫んで、 アキに安らかな死に方をさせてあげられないのだ。 数ヶ月前まであんなに元気だったぢゃないか、 なんでこんなことにこの悪夢はなんだ、と。世界を恨めしく思うんだ。
アキと朔太郎が一緒に過ごしていたときのことを思い出すと 今でも悲しくて泣く。アキはもう居ないと思うとまた泣く。
ぼくはラストのように骨は撒けない。
世界の中心ってどこだ?
早急に何か別の本を読まないとぼくは持たないなと思って買ったのは 何故かまた片山恭一なのね。 また同じような話だったらどうするつもりだ俺。 言葉の表現が気に入ったのかもしれないし、世界かもしれない。 でもぼくは幸せな結末が好きなんだ。 これでこの本も悲しい結末だったら、ぼくは何かに対して怒るんだろうなw 笑える。
ところでこの、世界の中心でryは何故今頃になって売れているんだ。
話は変わって最近のぼくは頑張っているつもりなのだが、 頑張ると言うことは並な努力ではできないのだなと 二十年間生きて初めて気づいたのです。 これは、と。 そして笑ちゃふ。
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