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271 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/24 22:16
>>269 貴殿の義母さんはどうか判らないが、自宗にこだわると とんでもない演出するのも憑依宗教の信徒の特質ね。 一方それに直面したひとは疑う気持ちすら罪悪の所業 なんだから、もはや思考停止を余儀なくさせられる。 貴殿も後遺症はないか?
272 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/24 22:19
>>269 貴殿の義母さんはどうか判らないが、自宗にこだわると とんでもない演出するのも憑依宗教の信徒の特質ね。 一方それに直面したひとは疑う気持ちすら罪悪の所業 なんだから、もはや思考停止を余儀なくさせられる。 貴殿も後遺症はないか?
273 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/25 09:26
真実の掲示板を見てると...立教者が容認してきたであろう周囲のキナ臭さ が、立教者そのものの資質をあからさまにしてるね。あきれたモンだわ。
自分がどこまでも理性を働かせて、疑うべきものを疑い、批判するべきものを 批判しながら、自分で責任を負って行動する姿勢を捨てて、集団や集団のイデ オロギーに同一化すること。これ、つまり自己放棄です。 何が正しいか、どうすればいいのかといったことを自分で考えるのをやめて、 誰かあるいは何か自分より大きい(と思われる)存在に任せると、とても気が 楽になって、一種のエクスタシー体験が待ってる。 こんなもんが神秘体験というなら、ハイそれまで。 無私の心で献身すると献身する相手が正しかろうと間違っていようと、 きわめて魅力的で、ほとんど抵抗しがたいほどの快感や安心感が心の中 から湧いてくる。なにしろ、人任せにすることで、迷い、葛藤といった ものがすべて避けられるのだから、気持ちがスッキリするに決まってる。 「神様がいることがわかった」...よくダラダラと言えるものだ(笑)
274 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/25 11:44
あああ
275 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/25 11:45
>273 概ね同意。 信仰をモチベートさせるのに『オカルト体験』が 必然というのはたしかにおかしいですね。 日常で起きうることを『法』として説くのは健全だけれど 起こらないことを起こそうと努力させるのは、端的に言えば 不健全な業だと思います。
276 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/26 19:20
>275 「奇跡の起こらない既成宗教は駄目だ」という教えだったっけ。 「神の意に沿っていない」とか「霊力がなくなっている」と いって(もうよく覚えていない)。 辞めてからキリスト教の奇跡認定の厳しさとか、 神道系(?)の「奇跡に目を眩まされないように」という戒めを知った。 なーんにも知らなくて「奇跡の頻出する崇教」と思い上がっていたんだな。
277 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/28 15:23
<お笑い手かざし道場>
「人の体は肉体・幽体・霊体の三体から成っています。 事故などで片手を失った人が、なくしたはずの手がかゆい、痛いと いうことがありますが、これは幽体・霊体がかゆいのです」
幻肢(げんし)の現象です。
幻 肢 英語でPhantom Limb。幽霊肢ともいう。事故などで身体の一部を失った人が、 失ったはずの手足が存在するかのように感じる症状。願望的思考説や末梢神経説 などがあるが、脳神経内の再配置という現象、例えば、失った右手を制御していた 脳内領域が肩を受け持つ隣の神経組織に吸収再構成された結果、肩を動かすと失っ た右手を感じる、といった説明で可能という。 tp://www.nobi.or.jp/i/illusion/world/08/001.html
278 名前: 三河武士 ◆buZ4u1Nc 投稿日: 02/03/01 10:24
>>273 概ね同意します。
組み手の中で奇跡が起こる=自分にも起こり得ると思うようになる。自分を忘れ て教団に尽くす。まわりが「頑張っているね」と励ます。ますます頑張る。これ でサイクルにはまっていく。真光隊であればそのままレールにのって眞我台(訓 練部)に行ってしまう人もある。 よく考えると、本当に自分の純粋な信仰心から神を崇めているのか?ただ教団や 隊組織に属することで。一般社会での劣等感を癒しているだけ、自分本位で助か りたいから縋る思いで奇跡の起きることを願っていないか?奇跡が起きないから、 真光誌や他人の体験談で疑似体験して喜んだりしていないか? 奇跡を安売りすると、こんな結果になるんだ、と道場や隊組織において実感する。 「利他愛」を傘に、貴方の為を思っているんだ、という輩もいるが、大抵自分の 都合、幹部や隊長の手前。なんて人の方が大半だな。自分もその仲間か・・・。
279 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/03/01 20:30
>278 これはよく解る。自分にも覚えがあることだから・・・・ 奇跡が起こることを期待してがんばっていた。奇跡の安売りはやめたほうがいい。 奇跡の体験発表と一切感謝とは、意味が違うと思う。
280 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/03/01 20:32
母は熱心な信者。(組み手というのか)あ、崇教の方ね。俺は中学3年の時に、なんなのか訳もわからず講習を受けさせられた。 母が、講習を受けるきっかけは、友達に子供(俺の弟)のぜんそくがひどくてと相談したら、 それならいいのがあると紹介されたこと。もうそれから、17年くらいたった。
きょう、父が熱が出て、寒気がして、手足がガタガタ震え救急車で病院へ行った。
道場のえらい人の話しによると、亡くなった祖父母の位牌をちゃんとまつっていないから それを知らせるために、熱が出たそうなんだって。信じられる?母は、もうどっぷりつかっているから そのえらい人から電話がきて、そのことをちゃんと聞こうとしない俺に対して怒っている。 はぁ、どうしたらいいもんか。
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