repe
DiaryINDEXpastwill


1985年08月03日(土) q

281 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/03/02 07:54

>280
>道場のえらい人の話しによると、亡くなった祖父母の位牌をちゃんとまつっていないから
>それを知らせるために、熱が出たそうなんだって。信じられる?

真光的には珍しくない解釈だよ。今となっては全く信じていないけどさ。

先祖供養をした場合の効果は、お母さんがほっとすることだけだよ。私もそうだった。
「これで、ご先祖が食事できなくてつらいという思いをしなくなる」と、子孫として
ほっとするわけ。さらに言うと、「食事できないと知らせる為の戒告(例えば280の
ように家族が入院する)がなくなると思う。これでぐっと気が楽になる。

だけどね、先祖供養をしても災いは起こる時には起こる。そうすると今度は「家の罪穢」
「本人の曇り」ということにされ、曇り消しのご奉仕が待っているんだよね。

先祖供養をしても、み役をいただいても、御神体奉戴しても、身内が幹部になっても、
災厄は起こる。そうすると、「罪穢だ」「ミソギに感謝」となる。やればやるほど
追い詰められるんだが、嵌まってるとそれに気づかないんだよね。デススパイラルだ。

どうしたものかねえ。



282 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/03/02 08:10

正しい先祖供養ができないのも「曇りが深くて許されないのだ」と言われる。
そうすると、許されるようにと曇り消し(奉仕、勧誘、献金)に励む。

先祖供養が許されても、それだけで先祖が救われると思ってはいけない。
子孫が神のお役に立たなければ、あの世で先祖は救われない。
先祖供養は、まず、食事が許されるという最初の一歩にすぎない。

それでますます、のめり込むようになるわけだ。

解決策は、根本を正すしかないような気がする。目が覚めないとね。

それが難しいんだって・・・。はぁ。



283 名前: 山師さん(摩耶山) 投稿日: 02/03/02 10:02

予言レス
この後戯言集団の一人がでてきて、
このぐらいの質問に答えれなければ、やはり君は密教を知らない
と自慢げに、自分の戯言知識自慢をするのは明確ですな(笑)
自分の数少ない知識自慢をしたいがために、
くだらん誘導尋問をしても、本物の修行者にはありありとそれが
みてとれる

私には、その未来の光景が明確に見える
戯言メンバーの考えなどありありとイメージできる!
はははははははははははははははっはは




284 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/03/02 10:21

280です。
きょうの午後に、そのえらい人(班長?)が家に来るんだってさ。
母は掃除を始めている。
はぁぁ…。




285 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/03/02 10:54

DQN真光は宗教なんですか?



286 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/03/02 11:50

>285
崇教だそうです(藁 



287 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/03/02 12:06

>284

どの部屋に仏壇を置けばいいか下見に来るのだと思われ。
気は心のアドバイスを・・。時間的に遅いかな。

お浄めさせてくれと言うかもしれない。できれば固辞しよう。
話しながらテーブルの下からあなたに向かって手かざしするかもしれないが無視無視。
もしも押し切られて手かざしされたら、光を感じても霊動が出ても気にしないこと。
手かざしの正体は気功だよ。軽い霊動は、体のバランスが崩れるから、それを直そうと
する無意識の動き。目をつぶって合掌なんていう姿勢は、バランス崩れるよ。

284まで盲信に巻き込まれないよう注意されたし。



288 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/03/02 12:56

>>286

ども! 「崇教」 しかしエラく不吉な教団名ですナ(w

http://dictionary.goo.ne.jp/cgi-bin/dict_search.cgi?MT=%E3%AE%A4%EB&sw=2






289 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/03/02 13:01

こりゃ失敬!
「崇」と「祟」。勘違いしました。



290 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/03/02 13:02

祖霊祭りは、家庭の中まで洗脳する強力な武器だね。
祖霊祭りをすることで精神的に真光から逃げられなくなるよ。
先祖を救う義務と祖霊祭りを継続していくために子供を組手に育てる義務も
生じてくる。がんじがらめさ。

この手法はよく考えられてるけどちょっとマヌケなのは、
正法の祖霊祭りなんて言うけど、一般の仏教式先祖供養の方法とたいして
かわらない。目線より高く祭るということと、ろうそくや線香を使わない
ぐらいしか違いがない。何が正法なのか?

真光ではお墓は意味のないものとしている。何故だろうか?
きっと真光では墓地事業をする計画がなかったからだと思う。
真光では不思議なことに、浮霊した霊が「お墓を作ってくれ」と
訴えることはないそうだ。
怪談話や霊能者の話だとお墓に関する霊の訴えは多いのにねえ。


repe