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1984年10月16日(火)

451 名前: nanassi 投稿日: 2001/06/21(木) 07:01

>>aさん
ぼくは基本的にあなたの感覚に賛成です。自分自身が基本だという事。しかし
宗教に対する没我についてあなたは無防備です。危険性を指摘し、カルトには
なりたくないと仰いますが、現に元真光準隊さんのご両親は没我したでしょう?
世間に触れ家族の愛情で満たされるはずだった彼の心にあるものは、結果空虚
だったではないですか。多くの真光の親も心の空虚を埋めきれてない。結果、
利他愛利他愛といいつつ自己愛に徹底するんです。あなたのような「既に満た
された人」より「満たされてない人」が問題なのです。
天国文明(高度な科学文明)に対する信頼と自信を拝見しますと、普通の幹部
の方とは格が違いそうですね(笑)思い違いならいいのですが。僕は天国文明
に関して肯定も否定もしません。しかし切り捨てはいただけません。「神性化」
ならなおさらクリアして行かなくてはいけませんから。



452 名前: nanassi 投稿日: 2001/06/21(木) 07:08

おや・・30分かけてレス書いてたら、みっつ増えてる



453 名前: 卒隊者 投稿日: 2001/06/21(木) 10:35

>>449
BBSの成り行き上、こんな話が出たのであって、スレ立てて議論する話でもないのでは?
多分、この件は、これ以上進展はしないでしょう。
うちの方面(K東方面)は、最大規模なので小うるさいこと言っても末端の隊員まで
行き渡らないのかも知れません。
なお、私の言う「喫煙等との同一次元」とは、「所詮、自分自身が曇りを積むだけのこと」という意味です。
「他人の曇り消しの邪魔をしない」のであれば、後は各人のペースに任せ、神様の裁きを受けるしかないと思います。

>>451
「宗教に対する没我」というけど、流される人は何に対しても流されるんだよね。
ただ、流される人と宗教の教えが変な風に結びつくとカルトになる可能性はある。



454 名前: 元真光隊(聴障) 投稿日: 2001/06/21(木) 12:45

うわ、凄いな。進んでる。
ちょこっと意見。聴障の件ですけど、私自身は頑張りましたよ。
例えば書いてもらう等しないと解らない事が多々あるんで
そうして下さいって色々言ってみた。でも、手かざしすれば
聞こえるようになるとか曇り消しをすれば聞こえるようになるとか
そういうことばかり言って現実で手助けされるって事はほとんど
無かったんですよ。
分かります?言いたいこと。現実を見ない人が多いって事です。
それが宗教ならいらないと。だから私は辞めるのですよ。
私にしたら真光はただの現実逃避者でいっぱいに見えるのです。
現実をちゃんと見てるなら、障害持ってる人をもう少し暖かい目で
見るんじゃないですか?
そういう感覚がマヒしてる人が多いのが真光なんじゃないでしょうか。
一般でもいるけどそれ以上に。宗教と言う名のオブラートをかぶった
感覚マヒ者。それが真光の組み手なんじゃないかなって。
そういう現実に気づいたからこそ辞めるのです。
自分は自分で、自分の中に価値を見いだせばもう宗教はいらんですよ。
私は障害持って良かったですよ。苦しいこともたくさんあったけど
逆に自分の障害を冷静に見つめ、どうしたらいいかを考える事が出来た。
どういきるかを考える事が出来ましたもん。



455 名前: 卒隊者 投稿日: 2001/06/21(木) 17:24

>>454
確かに何でも霊のせいにして現実見ない、というより見れない人多いですよね。
手かざしすれば聞こえるかどうかなんて神様以外分かるわけないでしょ!って言いたいですね。
大祭、月始祭、大炎開陽霊祭に参拝した身障者が帰りに健康人になったかって言うと、そうじゃないしね。
現界的な手助けするのが普通ですよね。
辞めるのは残念ですが、ちょくちょくサイトを覗きに来て下さい。



456 名前: a 投稿日: 2001/06/22(金) 00:24

前にも書きましたが、生きて行く上での信仰であり、
信仰の為に生きている訳じゃないんです。信仰してない人が幸せになれない訳ありません。
どんな信仰だって、
その人たちが真剣に良いと思っている事を努力しているのであれば、
そしてそれによって素晴らしい人格形成がなされてくるのであれば、
本当に素晴らしいものを、それぞれの立場や分野で追求して行けば、
自分の宗教だけが正しいという事ではなくて、それぞれが世の為に努力して行けば、
あらゆる宗教は同じ様な存在になっている戸思う。
それが総合帰一とか万教帰一とか、そういう事じゃないでしょうか。
自分自信が常に本物を見る努力をして、
自分やその身の回りを改革して行こうとなると、
かなり命がけの覚悟を持って、真剣に努力しないと出来ないでしょう。
そういう努力をする事が、人の生き方として、信仰をとおして僕は習いました。

ですから、名無しさんが僕の事を見抜いている様に、
僕の様な人間は中途半端で、自分が正しいと思う事を貫くのは、
誰だって大変な事なんですよね。それをやって行けるのか、
それとも組織の中に没我して、組織人として全うに落ち着くのか、
(それがどんなものだろうと)それか傍観する程度に関わるのか、
そういう部分を現在この真光スレッドで出ている様々な問題として、
我々は突き付けられているような気がするんです。
まあこの三択は、それぞれの立場によって一番必要なものを使い分けて行くしかない様にも思えます。
僕は正直いって、カルトになりたくもないとか言ってますけど、
ふつうの企業なんかじゃ使えないと思いますよ。これでは我が儘で。
ふつう以下だからこそ宗教を通して教えてもらうしか無いのかも知れません。
組み手はふつうの人より曇り=ゴウが深い、幹部はもっと深いし、教え主が一番深い。
そう言われているんですから。ある意味、そういう人に世話になっている訳ですから、
その人を信じていれば良いなんて言う事はあり得ない。
だから自分だって他人に接する時は、
本当に謙虚にならなければ行けないと思っているが、
それもどこまで出来ているかな。



457 名前: a 投稿日: 2001/06/22(金) 00:35

そういう意味において、家族との関係も、
本当に一番大切な関係なのだから、よく理解しあう努力が必要でしょう。
ただ、お互いを避難しあっても何もなら無いのでは無いか?
真光をやるから悪いんだ、カルトだと言う前に、
家族間のつながりにも問題があるのでは無いかと思うんですよ。
元真光準隊さんは、そうやって家族の事を一方的におかしいと思っているようですし、
あなたが書いている様に、幹部に苦情を入れたければ本当に入れたら良い。
だけど、他人のせいにばかりする事じゃ無くて、真光にだって救われて、
本当に幸せな家庭を築いている人だって沢山いる。
うちは真光に入ったおかげで家族関係が良くなった経験がある。
もちろん、全員が熱心な組み手では無く、弟と妹はほとんど否定している。
だが、家族関係は良くする様に心掛けているし、実際に良い。
そのへんの努力をしているのかと言う事だよ。
ただ他人の批判をしたり、まして同じ様に考えている人を応援するのはいいけれど、
それより先にやる事があるだろ?と言いたかったんだ。物心づいた時から、
強要されてきた環境だから仕方ないのかもしれないけれども、
だからといって全て他人のせいにしたり、
人の悪いところをつっつくような考え方自体が、
あなたの人生そのものじゃ無いのか?



458 名前: 元真光準隊 投稿日: 2001/06/22(金) 01:02

そりゃ元々潜在的に問題はあります。
それを表面化させて、強固で揺るぎないものにしてしまったんですよ。
人間は、本質的に変わることはないです。
母親は彼女なりに世間との折り合いはつけています。
でも本質は変わらないんです。
努力してもどうにもならないことはあります。
努力していたらいつかよくなるのではないか、という考え方もありますが
それもある種の現実逃避でしかないと思います。

導士さんはよい人でまさに理想的な信仰者で、上に立つ人間としても申し分なく、
優しくて時に厳しい人でした。今でも彼のことを素晴らしい人間だと思っていますが、
やはり家族とのことで父と相談に行ったときに、「所詮この人も宗教のイヌ
なのだな」と思いました。
多分僕は新興宗教を信じる人間と分かり合うことはありません。

真光で幸せになった人と、真光で不幸になった人の割合はどれくらいのもの
ですか?
幸せになったと思っている人のうち幸せだと思いこんでいる人間はどれくらい
いますか?
努力している人で、いつか宗教に騙されたと思うようになる人はどれ
くらいいますか?
「幸せになった人もいる」じゃ何の証明にもならないんですよ。
あれだけ信者がいて、毎月某かの奇跡が起こるのは当たり前です。
確率の問題ですから。ほんの一握りの奇跡の土台はたくさんの不幸で
できているかもしれない。
家族仲がよいって云ったって、まともに関わりたくないから適当に表面を
合わせているのかもしれない。その可能性を否定できますか?



459 名前: a 投稿日: 2001/06/22(金) 01:08

信者同士の関係もそう。
ハッキリ言って、組織の連中も大変なんだよ。
良くしたいと思っても、それらの力量の中でしか出来ない事だから。
これもお互いを非難する前にそれぞれが努力して行く意外に無いのでは?
組み手同士の間柄として、確かに信じられない行動を取る人が多い。
これはひとつに、真光の業を受けていれば救われると思い込んでいるからじゃ無いか。
真光の業による奇跡的な現象は(真偽を議論するつもりは無い)確かにあり、
自分も体験しているが、それだけでは救われないとハッキリ言っている。
改魂するために見せられる奇跡もあるし、霊動だって方便だ。
そのへんを勘違いしてしまって、ただ真光の業を受けるだけの人が多いから、
真光はそのへんのちょっとした愛情だとかに無頓着なのかもしれない。
真光の業と想念転換は車の両輪だといっているのだから、
想念的におかしな事になっていればどうしようもない。
元真光隊(聴障)さんの周りには、
そういう事をフォローする人がいなかったんですね。
ただ前の発言にも書きましたが、真光はそれなりの理想目指して、
努力して行っている訳です。確かに組み手のレベルは低いと、
それは誰しもが感じている事でもあるんですよ。
そのへんは信仰以前の部分じゃ無いかと思うんですがね。
真光の教えが悪いとかそういう事じゃ無くて、
そこにいる人間の努力が足りないだけ。
愛情、持てる様に努力するしか無いでしょ。
崇教と世界だって、要するに真光の教え以前の問題の確執だと思いますよ。
だから僕は未だに両方の教団は一緒のものだと思ってますし、
どっちが正しいうんぬんじゃ無くて、本当にお互いが理解し協力しあう、
まず真光内でそういう事が出来なくては、
外部の人間に認められる訳無いのも現実だと思います。



460 名前: 元真光準隊 投稿日: 2001/06/22(金) 01:11

別にお互い非難し合っているわけじゃないです。
そういう状態ですらないんです。
別に他人のせいにもしてません。
諦めて交換条件に妥協してるだけです。ただ愚痴くらい出ます。
真光の被害者に対して厳しいことを云うね。下っ端ならともかく上層部の
人間にそないなエラソなこと云われたないわ。

親が真光に出会わなければもう少し生き易かったかもしれないね。




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