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1984年10月15日(月)

461 名前: a 投稿日: 2001/06/22(金) 01:14

それからnanasiさん、僕がどこの所属か分る人もいるかもしれないけれど、
あえて言いたく無いのは、上記の理由からもあり、
そして格が違う幹部と言うのも確かに思い凄しですが、
これはみ役が上とか下は関係無いと思います。
何が良くて何が悪いか、そんな事誰も断定できる人はいませんし、
み役が上だから偉いと思っている幹部がいるが、それは間違い。
曇り深いと教えられているのに勘違いしているのは、
やはり真光自体が幹部の教育すらなって無いと言う事だね。
しかも、僕の様な人間が幹部やれるぐらいだから。
と言う事で、一応僕によって教団名をそこなう訳には行かないので、
そのへんは守りに入らせて頂く(笑)

以上。大体言いたい事は言ったので、しばらく黙ってます。



462 名前: 元真光準隊 投稿日: 2001/06/22(金) 01:16

>それは誰しもが感じている事でもあるんですよ。
>そのへんは信仰以前の部分じゃ無いかと思うんですがね。
>真光の教えが悪いとかそういう事じゃ無くて、
>そこにいる人間の努力が足りないだけ

それはまったくの正論だけど問題は、そういう人間ばかり集まってしまう
ということ。これは新興宗教の宿命じゃないかな。
真光的に云うと相応の理なんだから信者に問題があるってことは教団
教義教祖自体に問題があると思って差し支えないんじゃないかな。
うさんくさいところ多いし。



463 名前: a 投稿日: 2001/06/22(金) 01:43

元真光準隊さん
厳しい言い方しかできない自分を謝ります。と言っても仕方の無い事だろうけど。
ちなみに上層幹部では全然ありません。一番下っ端です。み役名なんてとても言えません。
逆にこういう立場だから、好き放題言ってられるんだよね。これがもっと上のみ役がついてしまったら、
その中で生きて行こうと思ったら、そんな余地は無いかもしれない。
努力でどうしようもない事なんて無いと僕は思ってます。
それに家族間、そりゃもちろんお互いにいろいろあるでしょう、不満は。
だけれども、それぞれがお互いを思い遣る気持ちは少なくともある。
それは確かです。うちはね。他人がどう思うかでは無いと思います。
真光で不幸になったのでは無い。それは被害者加害者同士の問題と言ったら怒りますか?
真光に入ったら素晴らしい人間になれるなんて事は、その人の努力次第ですよ。
それを勘違いすると甘えになる。真光のせいで不幸になったというが、
敢えてそれは自分の問題と言わせてもらいたい。
その苦しみは当人にしか理解できないのかもしれないし、
元真光隊(聴障)さんの様に肉体的なハンデを持つ人は尚更だろうけど、
それを自分の強みに変えて行かれるようなら良いんじゃ無いですか?
自分の環境も肉体的な部分も、自分自身のもの。
前にも書いたような事から、自分自身がどう生きるか、
その上において糧にするものが真光であって、
それ以前の人間関係でつまづいてしまったと思う。
というか、幹部が平気で他人を裁いていたんだね。

あー偉そうな事ばかり言ってる。
ということで、また。



464 名前: a 投稿日: 2001/06/22(金) 02:07

またでてきましたが(汗
良く考えてみれば確かに。
救われたいと思って、自分のハンデを背負ってきている人もいるよね。
僕も実際にその場に立ち、その人のお世話、教えを説く以前の問題として、
そういう事から、信頼関係を持って、その人を真光を通して幸せにしてあげられなければ、
その人にとってみればただ損しただけと言えばそうですね。
それで教えとしては確かにそうだけれども、
曇りだなんだ言われて、嫌な思いをする必要はどこにも無いですよ確かに。



465 名前: 人誅人 投稿日: 2001/06/22(金) 07:14

真光はれっきとした「洗脳集団」です。
そのことにすら気付けない人たちは放っておくしかないでしょう。



466 名前: 名無しさん 投稿日: 2001/06/22(金) 11:31

>aくん

すまんな、レス遅れて。。

おれが第一義に強調したかったのは、<宗教は信じなくてはならない>
ことだよ。理性で証明できない世界に踏み込むには「ひたすら信じる
ことに徹底(=没我)する」。「我執を取り除く」とも言った。
きみに傲慢と言われようが、カルトと呼ばれようが、方法論としては
これ以外、選択の余地はないということを確信してる。
俺の乾いた言い方も気に食わないところだろうが、きみがそれに追随
してくれなければ、きみの宗教観とおれのそれとでは、起点から大きな
隔たりがあるということ、それだけだ。
まァそれはそれとして、その身を預ければならないという宗教に
対してだ、俺は、真光に限らず一般に信仰に入っているという人間が
入信にさいしてどれだけ真剣にその点を考慮したのか、率直に言って
疑問に感じてきたわけ。。
宗教は、人間ひとりひとりが主体的にその道を選択してめざす神仏と
対面しながら生きていくんもんじゃないのか?
いくら、きみら教団が言う、利他愛とか人類教という大儀がそこにあった
にしてもだ、数をかかげた勧誘(導き)や縁者しがらみなどで入信させられる
(する)行為が、はたして正しいものかどうかの、問題提議だったんだよ、
これは。



467 名前: 名無しさん 投稿日: 2001/06/22(金) 11:34

>aくん

きみは、入信について「自業」の責任について触れてるが、保証のないものに
導いた者もまた責任を負わなければならないということついては、二の次だよ
な。。いやむしろ責任がないと言いたいのかもしれん。
前者の責任以上にそれは重いことに、いい加減気付いて欲しいもんだ。
導いた者とはすなわち教団であってその根幹にあるものが教義なんだぜ。
それからオウムの件。あの事件が「自業」の責任だけと言い切れるか?
社会がオウムを許さない一つは、共業(ぐごう)の責任であったにも
かかわらず、その母体がいまだ解散せずに残っているからだよ。

きみは以前「宗教に入って救われるとする考えは古い。宗教と言う
のは生き方を学ぶところじゃ無いですか? 」と言った。
きみはおそらく「解脱的」とか「哲学宗教」というものを示したかった
のかもしれんが、真光にあってはそれに該当しない。
なぜなら真光はりっぱな「ご啓示宗教」であり「ご利益宗教」だからだよ。
「手をかざす」「ご啓示」「おみたま」「お導き」「お布施」。。。
もちろんそれだけではなかろうが、病気を治す、救われる法の主体が
既にそこにあるじゃないか。それをみずから無視して、きみは「宗教に入って
救われるとする考えは古い。」と言う(笑
救われることを目的に集まってきた人間、つまり果報を求めてきた人間に、
いまさら「宗教で救いを求めるな」、「ホントウは世界平和が目的だ」という
ことを投げかけるのか!? 残酷なこと言うんだな、きみは。

俺は(何回も挫折を経験した)仏教徒だよ。
小さな会派にいる。元真光の信者がこの間入ってきた。



468 名前: ななすぐん 投稿日: 2001/06/22(金) 14:33

おみたまをもっててもいみがありません。
やだなーかるとって。



469 名前: 卒隊者 投稿日: 2001/06/22(金) 14:55

>>463
>幹部が平気で他人を裁いていたんだね。
「裁く」ってどういう意味?辞書では↓の様になっているけど、眞光では違った使われ方してるみたい。
例えば、幹部・み役者の指示にちょっと疑問を抱いたり、「同意できない」旨のことを
口にするだけで「貴方は裁いてる」なんて事言う人多いよね。
「裁くな」なんて言う前に、この点を明確にして欲しいよね。

aさん自体は、「裁く」という言霊の意味をどう捉えているのか教えていただけませんか?

また、可能であれば、場合によっては9月の敬老の日をはさんで本山で行われる修練会で
問題提起してみようかとも思っています。本部の上級幹部の見解も聞きたいところですし。
でも、昨年みたいにイエスマンスタッフが邪魔をしなければいいのですが、どうなりますかねえ。

http://dictionary.goo.ne.jp/cgi-bin/dict_search.cgi?MT=%BA%DB%A4%AF&=%B8%A1%A1%A1%BA%F7&sw=2
さば・く 【裁く】
(動カ五[四])〔「捌く」と同源〕善悪・理非の判断をする。(裁判官が)判決を下す。「公平に―・く」「検断出て―・く/狂言・茶ぐり(天正本)」
[可能] さばける



470 名前: 名無しさん@一周年 投稿日: 2001/06/22(金) 19:42

明日は全国一斉オミタマ返却デーです。
最寄りの道場へお気軽に。


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