エンターテイメント日誌

2003年03月01日(土) <戦場のピアニスト>の虚像を剥ぐ

「戦場のピアニスト」はカンヌ映画祭で最高賞のパルム・ドールを授賞。英アカデミー賞(BAFTA)では作品賞と監督賞を受賞し、仏セザール賞では作品賞、監督賞、主演男優賞、音響賞、美術賞、音楽賞の6部門を受賞した。米アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞、脚色賞、撮影賞、衣装デザイン賞、編集賞と7部門にノミネートされている。日本では公開第一週目で興行成績ランキング第一位を獲得。現在も大ヒット上映中である。しかし、僕は世間の絶賛の嵐に対して敢えてひとり異議を唱えたい。「王様は裸だ!」と。

この映画は正直非常に退屈で、最後まで観続けるのが苦痛だった。もし「戦場のピアニスト」に観る価値のある場面があるとすれば、それは無人の廃虚と化したワルシャワのゲットーに主人公が呆然と立ちつくす、あの巨大なセットとCGの合成が見事に調和したスケールの大きな映像、ただ一ヶ所であろう。他の場面では緊張感に欠けた凡庸な映像が続くだけである。

「戦場のピアニスト」を撮ったロマン・ポルノ好き、もとい、ロマン・ポランスキー監督の半生は波乱万丈である。1933年パリ生まれ、両親はユダヤ系ポーランド人。36年にポーランドのクラフクに家族で移り住み第二次世界大戦中両親は収容所に入れられ母親は41年にそこで死亡、ポランスキー自身はクラフクのゲットーを脱出し逃亡生活を送る。戦争が終わってポーランドで映画監督となり62年に処女作の「水の中のナイフ」を発表。その後イギリスを経てハリウッド進出を果たし「ローズマリーの赤ちゃん」が大ヒット。68年に結婚した女優のシャロン・テートは、妊娠9が月の時チャールズ・マンソン・ファミリーにより腹部を切り裂かれて惨殺された。この「シャロン・テート事件」は猟奇殺人事件としてアメリカ犯罪史上でも有名で、ドキュメンタリー映画にもなっている。ポランスキーはその後1977年にマルホランド・ドライブにあるジャック・ニコルソン邸で13歳の少女モデルにシャンペンとクエイルード(催眠剤)を与えた上でレイプしたかどで逮捕され、保釈中に「ハリケーン」の撮影ためヨーロッパに渡り、そのまま逃亡犯となった(同作の監督はヤン・トロエルに交代)。以後25年間パリで暮らしている。だからポランスキーは未だに犯罪者であり、海外逃亡中なので時効は成立しない。ロサンゼルス地区検察局は、ポランスキーがアカデミー賞の授賞式に出席すれば逮捕すると公式に声明を発表している。

「戦場のピアニスト」の前半はナチス・ドイツによるポーランドのユダヤ人迫害の模様が事細かに描写される。まず僕がポランスキーに問い質したいのは自らの罪を償うこともしない卑怯者が、ナチスの戦争犯罪を糾弾する資格があるのか?ということである。「テス」のような文芸映画とか「フランティック」のようなサスペンス、あるいは「ナインスゲート」のようなホラー映画を撮るのはまだ罪がないからよしとしよう。しかし、お前は他人を非難する映画を撮ることが出来るような正義の側に立つ人間なのか?ちなみに「戦場のピアニスト」公式ホーム・ページのポランスキーのプロフィールをご覧頂きたい。ここでは彼がアメリカを去らねばならなかった原因の少女レイプ事件について見事に言及されていない。配給会社は事実を隠ぺいしてまで監督を美化したいのだろうか?

今まで沢山のホロコーストを描いた作品が創られてきた。劇映画では「パサジェルカ(画家のアンジェイ・ムンクが監督)」「愛と哀しみのボレロ」「さよなら子供たち」「ソフィーの選択」「シンドラーのリスト」「ライフ・イズ・ビューティフル」「太陽の雫」、テレビ・シリーズでは「ホロコースト」やUprising、記録映画ではアラン・レネ監督の短編「夜と霧」や9時間に及ぶ「ショア」など。では、これらの優れた作品群が描いてきたものに比較して「戦場のピアニスト」が新たに描きえた真実、主張はあるのか?答えは皆無である。何で今更、過去に描き尽くされたホロコーストを主題にする必然性があるのか、僕には映画の最初から最後まで甚だ理解に苦しんだ。はっきり言おう、もうこの手の映画には飽き飽きした。ナチスの暴虐非道は許し難い。しかしそこまで描けばいいのは20世紀の作品までである。これからの21世紀の映画にはそれをさらに突っ込んで、ではなにがヒトラーをその狂気に駆り立て、また当時のドイツやオーストリア国民がどうしてそれを熱狂的に支持したのか?その社会背景や深層心理のメカニズムを解明するところまで突き進まなければならないのではなかろうか?そういう幅広い視点がこの映画には欠如しているのである。

それからこの種の映画を観ていると、観客はユダヤ人が悲劇の民族で絶対弱者・絶対正義であるという錯覚に陥りやすいのだが、ここで注意を喚起したいのは、現在ユダヤ人国家のイスラエルはパレスチナ人を強制移住させ、迫害・大量虐殺を行っているという事実を忘れてはいけないということである。つまり彼らはナチス同様のホロコーストを現在進行形で遂行しているのである。歴史は繰り返す。ここまで踏み込んでリベラルな視点からこの問題を描いた作家は世界でただ一人、漫画「アドルフに告ぐ」を書いた手塚治虫だけであるということを我々日本人は誇りに思わねばならないだろう。もう一度書く、ユダヤ民族の受難の歴史を描くことだけで事足りる時代は終焉を迎えたのである。

「戦場のピアニスト」を絶賛する輩の常套句として、「映画の終盤に主人公のピアノ演奏を聴いて彼を見逃してやるナチスの将校が登場するのが新機軸で素晴らしい!感動!!」というのがある。アホくさ。あの将校はピアノ演奏が大好きだからそうしただけでしょ?もしあの場面で主人公がピアノを下手くそにしか弾けなかったらどうなった?当然怒りを買って強制収容所送りになった筈。ナチスの将校が映画の中で判子を捺していた書類の中には当然ユダヤ人の銃殺命令や収容所送りを許可する内容のものもあったに違いない。一人を見逃したからといってそれで彼の人格の証明が為される訳では決してないでしょう。一体全体あの場面のどこが素晴らしいの?問題の本質はピアノが大好きで家庭では良き夫であり優しいお父さんが、どうしてナチスに入党し、ユダヤ人に対し非人道的行為の数々を行ってきたのかというそこにあるんじゃないの?その重要な部分がこの退屈な映画ではすっぽり抜け落ちているんだよ。誤魔化されちゃ駄目だよ。分かる!?

それからこの「人間の尊厳を訴える感動的」場面で苛々したのが、主人公の弾くピアノの吹き替え演奏が非常に稚拙で音楽的にも感銘を受けなかったことである。調べてみるとこの映画でピアノ演奏を担当したのはポーランドのピアニスト、ヤヌス・オレイニチャク。1970年に第8回ショパンコンクールで第6位に入賞している。ちなみに同年、我が国の内田光子が2位の栄冠に輝いている。そしてショパン・コンクール歴代の入賞者で6位以上で入賞した日本人は8人もいる。如何にこのピアニストがたいしたことないか良く分かるであろう。ポランスキーよ、せめてポーランド人のピアニストなら1975年に第1位になったクリスチャン・ツインマーマンくらいの実力のある人を起用出来なかったのか?ちなみにスピルバーグの「シンドラーのリスト」では世界的なユダヤ人バイオリニスト、イツァーク・パールマンがサウンド・トラックで演奏していることを付記しておく。

最後にこの映画の言語について問い質したい。「戦場のピアニスト」はポーランドとフランスの合作である。「シンドラーのリスト」の様なハリウッド映画ではない。ポランスキーの両親はポーランド人で映画もポーランドのユダヤ人社会が描かれている。しかし彼らが喋るのは英語。ドイツ兵はドイツ語である。ポランスキーよ、ポーランド語だと映画の世界配給を考えると難しいのならば、25年間逃亡生活を支援してくれているフランス語で撮るのがせめてもの礼儀ではないのか?そんなにしてまでもお前はいまだにアメリカに媚を売り、評価されたいのか?情けないねぇ。

この映画を褒め称える人々には是非この映画における主人公の次の台詞を贈りたい。

愚かな(Stupid)...なんと愚かな。


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雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]