エンターテイメント日誌

2003年02月15日(土) 亜門版「ファンタスティックス」

たまには映画から離れて舞台の話でもしようか。

一昨年8月に生まれて初めてブロードウェイへの旅をした時、1週間の滞在で当時最もホットだった「プロデューサーズ」や42ND STREET、「オペラ座の怪人」など6本のミュージカルを観た。そして最後まで当日券で観ようか観まいか悩んだのが「ファンタスティックス」だった。

「ファンタスティックス」は1960年5月3日オフ・ブロードウェイで開幕後、なんと40年以上にわたり上映され続けてきたミュージカル史上最長ロングラン記録を誇る作品である(ちなみに演劇全体での世界最長記録はロンドンで上演中のアガサ・クリスティ原作「ねずみとり」。初演が1952年11月25日)。

これだけロングランしているミュージカルだから、またいつの日かブロードウェイを訪れる機会があればその時観ればいいやと、結局別の作品を選んでしまった。しかし、な、なんと僕が帰国して一週間ちょっとで同時多発テロが勃発、ブロードウェイから観客の足が遠のき、その煽りを喰らって「ファンタスティックス」はあろうことか2002年1月13日にクローズしてしまったのだ!何たる無念。

だから今回、宮本亜門さんが新演出で「ファンタスティックス」をやると聞いた時から何が何でも観に行かなければという一念で、飛行機に飛び乗って上京し、会場に駆け付けたという次第。

感想を一言で言い表すならば第2子が誕生した時、キムタクがマスコミに送ったFAXの文面の最後を引用するのが最も適当だろう…「感動」。あるいは第1子が誕生した時のキムタクのコメントに置き換えても構わない…「最高」。

舞台はいたってシンプル。登場人物はたった7人。伴奏はピアノ、シンセサイザー2人、そしてパーカッションの計4人(オリジナルではピアノとハープのみ)。ひし形の小さな八百屋(傾斜)舞台に箱が幾つか載っていて、舞台の両脇には天井に延びる棒がある、舞台装置はそれだけ。後は観客の想像力に委ねられ、役者のパントマイムや照明の魔術で様々な情景が目の前に鮮やかに浮かび上がってくるという仕組み。

「ファンタスティックス」で語られるのは青春期を迎えた少年と少女の幼く未熟な恋と、その二人の成長の物語なのだが、これが初々しくて正に作品自体がミュージカルの原風景というか観客と舞台とのあるべき最も幸福な関係を指し示してくれているという気がする。

宮本亜門という演出家はその出発点である「アイ・ガット・マーマン」もとてもチャーミングで大好きなんだけれど、兎に角初演と再演を観たソンドハイム作詞作曲のミュージカル「太平洋序曲」の名演出には舌を巻いた。特に最後に舞台セットが瓦解する場面には驚愕し息を呑んだ。だから凄い演出家だとは分かっていたけれど、今回の「ファンタスティックス」にも参った。クライマックスで巻き上がる紙吹雪の余りの美しさに言葉を失い、ただ涙、涙。すると突然黒幕の背景がさっと色鮮やかな夕焼けの風景に変わり、天井には青空が広がるという演出に、観客席は興奮の坩堝に。これぞ劇場でしか味わうことの出来ない演劇的体験の醍醐味!正にマジック。

帰路につく人々が口々に感極まって「良かったね〜。また観たいなぁ!」と語り合う、そういう至福の舞台だった。僕のブロードウェイでの忸怩たる想いが払拭されたことはいうまでもない。寧ろ亜門版で初めてこの作品と出会えて本当に良かった。

「ファンタスティックス」を観た翌日は三鷹の森ジブリ美術館で宮崎駿監督の新作「めいとこねこバス」を鑑賞したのだが、それはまた、別の話。

追伸:「ファンタスティックス」は1995年に映画化され、日本でも「ファンタスティック・ムーン」というタイトルでビデオ発売されている。筆者は未見だが余り評判は芳しくないようだ。


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雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]