エンターテイメント日誌

2001年11月13日(火) 凋落する岩井俊二

岩井俊二監督は天才だった。と、敢えて過去形で言い切ってしまおう。

僕が初めて観た岩井映画はLOVE LETTER。話の持って行き方は些か強引であるが流麗なカメラワーク、美しいショット、そして全編を包むリリカルな詩情が印象的だった。付け加えるならばあの頃の酒井美紀は無茶苦茶可愛かったなあ(^^;。旬というのは残酷な物だ。しかしその今は失われてしまったけれど、煌めいていた一瞬の「時」は永遠にあの映画に刻印されている。そして岩井映画との決定的遭遇でノック・アウトされたのが「打ち上げ花火、横から見るか?下から見るか?」である。この本来はテレビ放送用に製作され、日本映画監督協会新人賞を受賞した50分余りの中編は日本映画史上に燦然と輝く金字塔となった。一夏の少年の日の忘れ得ぬ想い出が鮮烈に息づいている。夏の日差し、花火の色彩、キラキラ光の反射するプール・・どれもが余りにも眩しすぎる。嗚呼、何という切なさ!

岩井監督が変調を来し、おかしくなり始めたのは「スワロウテイル」からである。当時若い世代から圧倒的支持を得て、観ることが自体がファンションにもなった作品であるが、僕に言わせればあれは屑に等しい。変に作家ぶった「自意識過剰」「気取り」が全編を通して鼻につき、異臭を放つ醜い作品であった。アジアとか無国籍とかに拘りながらそれが上手くプロットに噛み合っていない。偽札を造る子供達を肯定的に描く姿勢もどうかと想った。カメラは始終揺れて見苦しく、映像もくすんで汚い。岩井監督としては今までの自分のスタイルを捨て去ることによって飛躍したつもりで悦に入っているのだろうが、僕にはそれが似つかわしくないとしか想えなかった。

その後岩井監督は松たか子主演で中編「四月物語」に取り組む。これは以前の美しい映像で撮るスタイルではあったが、いかんせんシナリオが弱すぎた。直線的でひねりのないプロットが詰まらなく、ムードだけで見せる「出来損ないの少女漫画」みたいな作品に仕上がった。決して嫌いではないけれど繰り返し観る気にはならない。そういうことだ。

それから何年か沈黙が続いた。ドキュメンタリー「少年達は横から花火を見たかった」を撮ったり(さほど大した出来ではなかった)、映画「式日」に俳優として出演したり細々と活動はしていたけれど本業の方はご無沙汰だったのは確かだろう。そして今年遂に満を持して世に問うたのが映画「リリイ・シュシュのすべて」である。

まあ観る前から嫌な予感はしていたのだが、案の定「スワロウテイル」の延長上にある作品であった。少年達の万引きを決して否定的に描かない姿勢も「スワロウテイル」の偽札造りを彷彿とさせる。インターネット、携帯電話、援助交際、虐め、自殺など現代的なキーワードが散乱するこの映画を「痛い」と感じ共感する十代も多いようだ。僕から見れば「荒れる中学生」に対して「おじさんはね、君達の気持ちが良く分かるよ。悪いのは君達じゃない。君達を取り巻く環境のせいだ。」とでも言いたげな岩井監督の姿勢が痛々しく、いやむしろ気色悪い。ただ自己中心的な思考能力しかない連中を甘やかすんじゃないよ!貴方みたいな駄目な大人が世の中に溢れていているから、ろくな躾も出来ずに低級な子供達が育つんだ。

それからカリスマ歌手リリイの掲示板に投稿するハンドル名「青猫」の正体は誰か?という謎が一応この映画のクライマックスになってはいるのだが、思わせぶりに引っ張った挙げ句そこには全く意外性もなく、「だから何なのさ?」という白けた気持ちにさせられた。 

やはり映像は暗く醜く、特に西表島のシーンで出演している子供達に撮らせた映像を延々と見せられるのには閉口した。まるで「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」の悪夢再来である。またライトを正面一方向からのみ当ててみたり、わざとに素人が撮った自主映画風にしているのだが、その監督の意図が僕には全く不可解である。プロの映像を見せなくてどうする!?単なる無意味な「気取り」としか考えられないのだが・・・僕の大好きなドビッシーの「アラベスク」をこの作品に使用したことも許せない。まるで大切な人が汚されたような心境である(笑)。

と、ボロクソに書いてきたが、確かにはっとするような美しいショットも数少ないながらあるのは確かである。田園風景の中、少年が真剣にCDウォークマンの音楽に聴き入っている姿。援助交際の後、ホテルから出てきた少女が絶望して川に入っていき、それを少年が追いかける夕刻の情景。鉄塔の回りを風に舞う沢山の凧。・・・それらに僕はこの駄目映画の救いを見出し、希望を持った。

監督は「リリイ・シュシュのすべて」について「自分で遺作を選べるなら、これを遺作にしたい」と語っている。もはやあちらの世界に逝ってしまった岩井監督。是非こちらに戻ってきて欲しいと今は只、願うばかりである。

この映画を観たことを、時間の無駄だったとか後悔はしていないけれど、それにしてもこの程度の物語を語るのに上映時間2時間半というのはいくら何でも長すぎない?


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雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]