エンターテイメント日誌

2001年10月16日(火) 北村薫の<時と人>

<本格原理主義者>とも呼ばれる小説家・北村薫は年齢も性別も不祥な<覆面ミステリイ作家>としてデビューした。
デビュー作「空飛ぶ馬」とそれに続く日本推理作家協会賞受賞作「夜の蝉」を読めば如何に北村さんが素晴らしい短編小説作家であるかがよくわかるであろう。しかし、僕が最も好きな北村作品は同じく<円紫師匠と私>シリーズ第三弾にして初の長編作「秋の花」である。是非これらの作品群を作者の素性を想像しながら愉しんで欲しい。それもまた北村薫の仕組んだミステリイなのだから。僕はまんまと騙されました。

北村作品の醍醐味はまずその瑞々しい文章にある。「日本語って、こんなにも美しい言葉だったんだ。」と改めて気付かせてくれる。そしてそれは僕に芥川龍之介の「女学生」などの一連の短編を連想させる。「六の宮の姫君」では芥川について言及されているのでまんざら見当はずれでもないだろう。
そして日常の些事を淡々と語りながら、そこに滲み出してくる作者のやさしさ、鋭い感性にはただただ感嘆の溜め息をつくばかりである。特に「秋の花」全編に通底するあわれは胸に響いた。哀しい話しながらも、救いのある結末に作者の限りない慈愛のまなざしを感じた。推理小説の枠をはるかに超えたこの名作は必読である。

この度映画化された「ターン」は<時と人>シリーズ第二作に当たる。第一作「スキップ」もいかにも北村作品らしい優しさに満ちた感動作であった。ある日突然25年の時をスキップしてしまった17歳の少女は、最初は戸惑いながらも決して後ろを振り返ることなく、軽やかな足取りで前に立ちはだかる困難を乗り越えてゆく。彼女は結局元の時代に戻ることは出来ないのだが、その前向きな姿勢が読む者の心を打ち、何とも清々しい。そして<時>の大切さを教えられるのである。SFという外見を取りながらも作者の主眼はそこにはない。この「スキップ」は今まで二度テレビドラマ化されているそうだ。

そして映画「ターン」であるが、静謐で、いつまでも心に残る印象深い作品になったと想う。北村薫のエッセンスも失われることなく上手く生かされた。「学校の怪談」シリーズや「愛を乞うひと」で名高い平山秀幸監督はさすがの職人芸で魅せてくれた。ヒロインが銅版画を製作している冒頭部からぐっと惹きつけられる。主人公以外、ひとっこひとりいない渋谷の街を捉えたショットが非常に印象的で、映像に力があった。

交通事故を契機に、まるで「神隠し」にあったが如く同じ一日を繰り返しながらも、そんな絶望的状況の中でひたむきに頑張るヒロインを演じた牧瀬里穂がまたとても良い。彼女のデビュー作「東京上空いらっしゃいませ」(相米慎二監督)をふと想いだしたのも偶然ではないだろう。そういえばあの時は幽霊役だったなあ。先日他界した相米さんも、天国から目を細めならが彼女のことを見守っていることだろう。

この映画、昨年既に完成しながらもお蔵入りになりかけていたそうである。今回、ワーナー・マイカルでの公開が決まって本当に良かった。特別料金1000円というのも嬉しい。マイカルグループは経営破綻してしまったが(^^;、ワーナーマイカルさんには是非これからも頑張って、見応えのある映画を沢山上映して欲しいと、ただ願うのみである。

追伸:
・<時と人>シリーズは「スキップ」「ターン」そして「リセット」で三部作となっている。
・北村薫には他に<覆面作家>シリーズというのもある。


 < 過去の日誌  総目次  未来 >


↑エンピツ投票ボタン
押せばコメントの続きが読めます

My追加
雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]