東京の片隅から
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「真夜中の弥次さん喜多さん」が映画化され、あちこちのメディアで「実は二人は恋人同士だった」みたいなことがさも新解釈かのように宣伝されているが、「東海道中膝栗毛」って、もともとそういう話じゃなかったっけか。旅芸人と彼に入れあげて店を潰した商家の若旦那って設定だったような気がする。もともと同性二人でつるんで旅するというシチュエーションがそういう傾向を想像させるものではあるが。
「東海道中…」も東洋文庫か何かで中高生の頃読んだような気がするし、子供向けの現代語訳も読んだ(これは小学生)。子供向けのものを読んで、あとから本来のものを読むと、あぁ実はこういう話だったのね、子供向けにここをはしょってあるのね、というのが腑に落ちる。「シャーロック・ホームズの冒険」シリーズもそうだった。子供心にどう考えてもホームズは普通じゃないだろ、と思っていて、あとからヤク中設定を知ってひどく納得した覚えがある。よく言えば行間を読む力が付いた、とも言えるが、実際のところどうなんだろう。行間読み過ぎで妄想力だけ身に付いたような気もしないでもない。
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